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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「思想」がらみで映画を見るな/映画『亡国のイージス』
即ち、誰もが福井作品を見てそこに共通しているとすぐに分かる思想は、たとえこの国がどんなに歪んでいようと、その歪みを正すのに更なる歪みを以て行うことは許されないということ、即ちアンチ・テロリズム、それだけなのである。そしてそれは、どの国がどうとか、一国だけを標的にして批判していることでもないし、自国の歴史を隠蔽・美化するためになされていることでもない。単純に数多くの映画のモチーフとして機能している「暴力の否定」、それがここにあるだけである。
つまり『亡国のイージス』を「思想的に」批判することは、反作用的に「暴力の肯定」ということになってしまうのだが、あちらさんはそのことを理解して批判しているのだろうか? 十中八九、映画も見てなけりゃ原作小説も読んでないと思うがね。
理不尽なテロルを防止するためには何が必要なのか、日本はどのような道を辿るべきか、それは憲法改正か自衛隊の自衛軍化かと、観客の身としてはそこまで考えたくはなるのだが、そこまでのメッセージをこの映画は描いてはいない。それを描いていたのは『パトレイバー2』の押井守である(なのにあちらにはサヨクからのバッシングは全くなかったね)。
今後の日本の行く末は、「映画の外」で観客が勝手に考えればいいことだろう。だから、右の方であろうと左の方であろうと、本作を「自分たちの都合のいいように」思想的に読み解くことは、一般の観客にとってはメイワクなことでしかないのである。だから映画として、アクションやそれぞれの陣営の攻防、役者の演技や演出、そういったものに注目して批評しましょうよ。あと原作と比べてどうってのも、映像表現としての意味を探るよすがの一つとして見るならともかくも、単純比較だけでどっちが上とか下とか、不毛で無意味で馬鹿げたことはしないようにね。
で、ようやく前置きが終わったのであるが(笑)。いやもうあとは短く書く。
もう最近は寺尾聰の演技に釘付けになっているので、その「軍人らしさ」に舌を巻いてしまったが、あの「静かな怒り」の表現は寺尾さん以外にはまずできない至芸だろう。これまでの福井作品に主演してきた役所広司や江口洋介、鹿賀丈史と言った連中は寺尾さんの爪の垢を煎じて飲むがよろしい。
いや、寺尾さんのみならず、これまでの戦争映画や怪獣映画に出演して安っぽい演技で我々のアタマを悩ませてくれていた吉田栄作とか谷原章介とか豊原功輔とか池内万作とか、この人たちが格段に「上手く」なっているのである。これは阪本順治監督のリアルな演出もさることながら、自衛隊の全面協力があったことも大きいだろう。谷原・豊原の二人は「VSゴジラ」シリーズでそれぞれ主役を張った経験があるが、二人ともパンフのプロフィールにそれを載せていない。まあ、こういう渋い演技ができるようになれば、とても恥ずかしくて載せられるものじゃないだろうが。
怪獣映画で閣議シーンが出てくると、これがもういい役者さんを集めていてもどこか絵空事めいて見えてしまうものであるが、これが実に「ちょうどいい」緊迫感を醸し出しているのである。総じて現実の政治家も緊急事態にはオタオタしてまるでマンガのような醜態を晒してしまうものであるが、現況をなかなか認識できない総理大臣を原田芳雄は好演している。「なんでオレのときに」と呟き、自分の選挙区に帰ることの方を気にしている様子はカリカチュアされているが、現実の総理がこれ以上にマンガチックな存在でであることを我々はよく知っている。平泉成、佐々木勝彦、天田俊明、鹿内孝ら、内閣の面々も、適度な無能さである。
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08月08日(月)
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