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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■星に花火/『新吼えろペン』2巻(島本和彦)
 其ノ他君が『HI-HO』を歌うというので、てっきりディズニーかと思ったら、これまたhideのである。こういう間違いをやらかしてるオヤジは、全国にかなりいるだろうなあ。オヤジ世代は新しい知識を全然知らないから参っちゃうよね、と若い人たちに馬鹿にされそうだが、私らに言わせれば、何でそんな紛らわしいタイトル付けなきゃならないのかと、そっちの方に文句を付けたいのである。

 前にも日記に書いたことがあるが、そもそもイマドキの歌手やバンドが、旧曲のタイトルをまんまパクることがあまりにも多いのを問題視しないのは音楽家および音楽ファンの意識の低さでしかないと思うのだ。あの曲もこの曲も同じタイトルってんじゃあ思い入れだってしにくい。どうしても「人まね」にしか見えないから、ファンにはなりきれないのである。
 「別にアンタにファンになられても困っちゃうよね」とかからかわれるかもしれないが、仮にこれが著作権に引っかからないとしてても、最低限、守らなければならない「礼儀」はあるはずだし、そもそもこれは作家としての「良心」の問題だと思う。どう言い訳したって、既成曲に同タイトルがあるの知ってて流用すれば、それはただの「恥知らず」なんだよね(それはそれとして、版権にうるさいディズニー、曲のタイトルを流用されてもそれは許しちゃうのかな。まあほかにも『星に願いを』とか歌ばかりでなくやたら本だのマンガだの映画だのに流用されてるからいいのかもしれないが。ああ、でも石野真子の『狼なんかこわくない』は私は許す)。
 若い人にとっては昔の曲なんて知らないだろうし、今聞いた方がオリジナルってことになるんだろうけれど、だったらタイトルもどうしてオリジナルにしないのか、そこがオカシイのだ。だって、これが小説だったら、新人作家が自分の小説のタイトルに『吾輩は猫である』とか『羅生門』とか付けたら、絶対に問題になるのに(実際、『人間失格』ではモメたよね)、歌に関してだけはそのあたりの感覚があまりにルーズだからである。
 これはタイトルだけの問題ではなく、日本の流行歌の場合、ポップスだろうがロックだろうが、全般的に詩の中身も陳腐なのは否定できない事実だと思うのである。別にコムズカシイ詩を書けと言いたいわけではない。日常のちょっとした思いや愛を語る場合でも、みんな似たような言葉、似たようなフレーズばかりを羅列して平気でいられるあの神経は何なのだ。で、何かと言えばサビの部分に英語を入れたがるんだよな。それで何が「オリジナリティ」だ「オンリー・ワン」だ。ウソこきゃあがれ。
 この際、ハッキリ言ってやるが、若手の歌手が書く歌詞の七割五分くらいは「詩」と呼ぶのもおこがましいくらいに幼稚で脳タリンである。具体例を挙げるとテキが百万人くらい増えそうだから避けるけれども(既に遅いか)、これまで私が本気で「これはすごい!」と感じた詩は、中島みゆきなど、数えるほどしかいない。ほかのはね、アレとかは無内容だしアレとかは馬鹿だしアレとかは異性に甘えてるだけの糞である。「あの曲はいいぞ!」と反論したいヤツは具体的に歌を教えてくれ。どこがどう陳腐か全部心理分析して説明してやるぞ。

 今日は特にアニソン縛りをしていなかったので、中島みゆきを歌ってやろうかと思っていたのだが、其ノ他君に先に『地上の星』を歌われてしまった。いや、あと追いで古いのを歌ってもよかったんだけど、なんか気を削がれた。もちろんこれは其ノ他君が悪いわけではない。でも其ノ他君にはその後、『アニメタル』も歌われちゃったんだよな(笑)。なかなかレパートリー広いぞ、其ノ他君。おかげで間隙を縫って選曲するのがなかなか大変だったけどな。
 結局、こないだよしひと嬢とカラオケに行った時と同じように、英語曲ばかり歌うハメになった。
 歌っている最中、私は飲み物を注文してはトイレに行きの繰り返しである。体調よくないってのに、全く何をやってんだか。これではまた心配しいな誰かからお説教を食らいそうである。
 さすがに五時間もぶっ通しで歌っていれば、アタマがフラフラしてくる(こないだもそれくらい歌ってたけど)。鴉丸嬢と其ノ他君を送った後、帰宅したらそのままぶっ倒れて寝た。明日は『仮面ライダー響鬼』も放送がないので、ゆっくり眠れるのである。

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07月30日(土)
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