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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■杉浦日向子さん死去/『ラインの虜囚』(田中芳樹)
当時は32、3歳かくらいだったろうか。荒俣宏と結婚して離婚したちょうどそのころだったように思う。離婚の原因が特に公表されることはなかったが、自分の趣味に忙しいあの二人が共同生活するというのはまず無理だろうと納得して、特に詮索する気も起こらなかった。
「女性のマンガ家に美人は少ない」という偏見を最初にぶち破った世代の代表も、杉浦さんである。
杉浦さんの江戸学の知識は、時代考証家の稲垣史生氏仕込みである(稲垣氏がどれほどのビッグネームであるかは今更もう説明もしたくない)。いや、「仕込み」と言っては失礼かもしれない。杉浦さんが稲垣氏に弟子入りしたときのエピソードであるが、「時代考証家になるには時間がかかる。三年勉強して、そしてまだ情熱が冷めなかったら、弟子入りを許す」と言われて、本当に三年修行して再び門を叩いたというのだから、もともと「江戸」に対する思いは半端じゃなく強かったのだ。「江戸の伝道師」と呼ばれたのも、むべなるかなである。
その情熱は、杉浦さんの書かれるマンガ、エッセイの隅々に至るまで横溢していた。葛飾北斎をマンガ、あるいは映像化した作品は多いが、私にとって唯一無二の北斎は杉浦さんの『百日紅』に登場する愛すべきガンコジジイである(そしてもちろん娘のお栄のけだるい美しさも!)
私と同世代の人間なら、杉浦さんの作品にはデビュー当時からずっと魅せられてきているだろう。『合葬』も『とんでもねえ野郎』も『百物語』も『風流江戸雀』も、みな初版で買った。江戸を舞台にしたマンガは数多いが、それはみな江戸の風俗を借りて現代を語っているだけである。江戸人の気質を体現して、しかもなおそれを現代に生きる我々の物語として、歴史と伝統と文化のつながりを描いてみせたのは、杉浦さんをおいて他になく、杉浦さんの登場自体が古今未曾有空前絶後の「事件」だったと言っても過言ではないと思う。
少女マンガ(あるいは女流マンガ)の歴史を作ったマンガ家を五人挙げろと言われれば、私は、岡田史子、萩尾望都、大島弓子、高野文子と並んで、杉浦さんの名前を挙げるに躊躇しない。
杉浦さんはもう長い間、闘病生活が続いていたそうである。今、思い返せば、杉浦さんがマンガ家を引退して江戸文化の研究に専念しようとしたのは、自らの命の短さも予感していたからではなかったろうか。失礼な話ではあるが、『お江戸でござる』に出演している杉浦さんを見ていて一番感じていたのは、日を追うごとに顕著になる容色の衰えであった。これは確実に体を悪くしている、と、はっきりと分かったし、番組を降板したのも病気のせいだろうと想像がついた。
お元気になることを心の底から願っていたのだ。杉浦さんの死は一人のマンガ家の死、江戸の研究家の死に留まらない。ある一つの文化を継承し伝えようとする大きな歴史の流れがここで途絶えてしまった、それほどの事件なのである。
仕事帰りに「しーじゃく」で寿司、そのあとゲーセンでUFOキャッチャーなど。
私はゲームでは「取れるものしか取らない」ので、まあ、そんなに損することはないのだけれども、しげはバクチウチの血が騒ぐのか、いつも大物狙いばかりしている。
今日も「DVDプレイヤーがほしい」と、なんか番号合わせするようなゲーム機にカネをつぎ込んでいるのだが、たかか百円や二百円でひょいひょいとDVDプレイヤーをゲットされちゃ、ゲーセンの方としても困るだろう。こういうのは「目が出ない」ようになっているものなのである。
私の方は堅実にムシキングのビーチセットをゲット。これでしげがいついきなり「海に行きたい!」と言い出しても大丈夫である。いや、そこまでして海に行きたいわけではないのだが。
ついこの間、13万ヒットを達成したばかりだと言うのに、ふとカウンターを見ると、14万ヒットにいきなり迫っている。どういうわけだか一日で4000人くらいがアクセスして来ているのだ。アクセスランキングも、これまでは100位から150位くらいをウロチョロしていたのが、いきなり10位である。普段は一日トータルで100人くらいしか覗きに来ない零細サイトだというのに、いったい何が起こったのかと目を白黒。
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07月25日(月)
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