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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■カウンセリングもプラシーボ/『ニッポン硬貨の謎 ―エラリー・クイーン最後の事件―』(北村薫)
同じころ、大学のミステリ研究会に所属する小町奈々子(モデルはもちろん現ミステリ作家の若竹七海女史である)は、アルバイト先の書店で、毎週土曜日に謎の男から「50円玉20枚を千円札に両替してくれ」と頼まれていた。
二つの出来事は何か関連があるのか。ファンの集いに参加したことからエラリーの知遇を得て東京観光案内を引き受けることになった奈々子は、上野動物園でまさにその幼児誘拐の現場に出くわすことになる……。
クイーンファンよりもむしろ、若竹七海のファンの方が喜びそうな展開であるが、実際、作中に登場する「小町奈々子」は、実に可愛らしい。ストレートなミステリファンで、ゆえに情熱的なのだが、決して出しゃばりやお転婆といった印象ではなく、ミステリへのひたむきさが自然に彼女を、一途に恋をする乙女のように可憐に見せているのである。
この、若竹……もとい、小町奈々子嬢が、エラリーに「国名シリーズ」についての疑問を投げかける「ミステリ問答」の部分、これは文句なしに面白い。「国名シリーズ」のトリックに関わってくるので詳述はできないのだが、クイーンのファンならばいちいち膝を打つことも多かろう。逆に言えば、クイーンの諸作品を読んでいないと、いったい何のことやら分からずに置いてきぼりを食らうことになる。
私も鈍感でよくなかったのだが、本作を読んで、通常の翻訳としては悪訳としか言えない出来栄えの「井上勇訳・創元推理文庫」のクイーンの諸作が、ある作品に限っては「青田勝訳・ハヤカワミステリ文庫」よりも優れていることを知った。これでは、未読の方にどちらの版で読め、と勧められない。全く困ったことである。もはや国名シリーズは、「創元文庫版とハヤカワ文庫版を両方とも、作品発表順に読んでください」と言うしかない。その上でこの『ニッポン硬貨の謎』を読んで頂ければ、私の言わんとすることはご理解いだけるだろう。
しかし、この小説が面白いのはまさにその部分だけであった。小説中でこういう「クイーン論」を展開させたなら、当然それが本筋にだって関わってこなきゃ辻褄が合わないのだが、それが何にもない。ただ単に、エラリーと奈々子との信頼関係を結ぶ役割しか果たしていないのである。
私はてっきり、わざわざ「あんなこと」を持ち出したのだから、これとこれはあれやそれという感じで殺人事件の「ヒント」になるのだろうと思っていたのだが、予測は見事に外れた。「クイーン論」と事件は何の関係もなく、それどころかこれにかなりなページを食われたことで皺寄せが来たのか、本筋の事件はあまりにも単純であった。つか、「あれはないよな」である。「50円玉20枚の謎」は、若竹七海女史が実際に体験した出来事で、真相は藪の中なのだが、だからと言ってクイーンが興味を持つほどの事件とは言えまい。だからこそ、無理やり「幼児連続殺人」と結びつけたわけだが、余計な設定を増やしたおかげで、その解答は殆どコジツケにしかならなかった。『名探偵コナン』並、ミステリファンだったら「ふざけるな」と灰皿を投げつけたくなるくらいにテキトーだったのである。
いや、そこで私は私で、読みながらあるトリックを思いついたのだが、そっちの方がよっぽど面白いと思う。小説を書くアイデアのヒントにはなったので、買って損したとは思わないけれど、パスティーシュを書く場合、書き手はオリジナル作品の作者よりも実力が上じゃなきゃならないんだなあと痛感したことである。
07月22日(金)
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