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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■人を呪っても穴がない/『D.Gray-man(ディー・グレイマン)』4巻(星野桂)
とか何とか言っても、今や全ての報道機関が「フライデー化」してしまったと言っていいマスコミの体質が、たとえ訴えられたり処分されたりしたところで、変わるわけもない。そこんとこが胸糞悪いのだが、やはり「報道の自由」は保障されなきゃならない。だから、行政による報道規制がされるような事態にはならないでほしいとは思う。ただ、こっちが頼んでもいないのに余計な調味料を振りかけてまずくなった料理に対して、「くそまず」という権利だって、こっちにはあるのである。
だから、怪我した人のインタビューまで、病院にずけずけと入りこんで取ったりするな。この腐れ脳どもが。
昼間、テレビでドラマ『金田一耕助の傑作推理 悪魔の手毬唄』の再放送。これも本放映当時は見逃していたもの。金田一耕助の古谷一行、等々力警部のハナ肇はレギュラーで、それに磯川警部役で藤岡琢也が絡む。原作ではこの東京、岡山の両警部が相協力する描写はないので、これは横溝正史ファンにとってはなかなか嬉しいサービス描写である。磯川警部役は市川崑監督映画版の若山富三郎という極め付けがあるのだが、藤岡琢也の名演も捨てがたい。
ストーリー自体は、恐らくは長大な原作を二時間に収めなければならないためだろう、原作のトリックを台無しにしている部分もあって、評価はしがたいのだが、『八つ墓村』などと違って、原作を妙にいじったりしない限りは(高倉健版『悪魔の手毬唄』のことね)そんなに駄作にはなりようがないのである。古谷一行の金田一物の中では、比較的出来のいいものとして仕上がっているように思う。つか、まだ古谷一行が若いしね。
木曜ドラマ『アタックNo.1』第4話。
猪野熊監督に選抜の合宿から帰され、富士見学園に戻ったこずえの再起編。
今回のこずえに対する仕打ちも無茶苦茶で、実際、本郷コーチが言うように、こずえが自殺でもしたら選抜自体がオジャンになりかねないわけで、猪野熊監督のやり方はただの熱血バカのそれでしかなく、「世界に通用するためには」なんて台詞にまるで説得力がない。原作ではこずえに厳しいようでも実は監督としてこずえをしっかり見ているはずなんだけど、やっぱ船越栄一郎が演じると胡散臭いやつにしか見えないな。つか、ありゃ柏葉英二郎だわ。こずえの代わりにみどりをっていうのも、どちらかをかませ犬にしようって手段にしか取れないから(まあ最終的に選ぶのはこずえなんだろうけれど)、こんな人事をやってれば、選手全員離反して、監督解任されるって。ドラマとは言え、作りが強引に過ぎる。
緑の人物描写もなんだかなあで、酔漢に教われたチームメイトを助けたこずえを「売る」必然性がない。自分はもう選抜に選ばれたんだから、これ以上こずえを貶める必要なんてないじゃんかよ。まあ、脚本は一話目から破綻してたから、今更なんだけれども、これくらいデタラメやるってのは、やはり往年の題詠ドラマを意識してるのかねえ。いやまあ、加藤夏季が出ている限りはとりあえずドラマは追いかけますって。ドラマの中で一番素直でいいい子の役だし。
マンガ、星野桂『D.Gray-man(ディー・グレイマン)』4巻(集英社)。
いかにもどこかで見たようなマンガであっても、3巻、4巻と続けばもうオリジナルである。人気も出てきたようで、今巻からいかにも「場つなぎ」な印象の強い、「孤城の吸血鬼」編が開始。
前巻で左眼をつぶされたアレン・ウォーカー、冒頭でいきなりその目が再生し始めているというやや気色の悪い描写が。一時期、マンガでもアニメでも、身障者を描写しちゃいけないとする過剰な自主規制がはびこってたものだが、この『ディー・グレイマン』はそんなのどこ吹く風で、言い方は悪くなるが、悪趣味なゲテモノ描写をどんどんかましてくれている。ノアの一族のフランケンシュタイン継ぎ目なんかは最たるものだ。
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05月05日(木)
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