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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■昭和の日。/映画『Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?』
 職場でも「新声優はだめだ」とか騒いでる若い子がいて、独りよがりなオタクは少しは言葉を慎めよ、とも思うのだが、スタッフはどうせそんな雑音なんぞ気にもしてないだろう。『ドラえもん』も含めて、声優陣に対する「合ってる合ってない」論議に参加する気に私が全くならないのも、そういう雑音は番組が継続さえすれば自然に消えるからである。だいたい、「印象」だけで言うなら、石田国松、初代磯野カツオ、のらくろ、神勝平と大山のぶ代の声に親しんできた身にしてみれば、「ドラえもん=大山のぶ代」というイメージは私には(恐らくは私と同世代の『ドラえもん』第一世代の殆どにも)全くないのである。特に初期の大山のぶ代は、「ドラえもんの皮をかぶった国松」にしか聞こえなかった。
 正直、これまでさほど代表作のない(失礼)水田わさびさんのほうが、「機械だけれども親しみやすい声」という点で、よっぽどドラえもんに合っているように聞こえる。藤子・F・不二雄まんがの主人公は、旧『オバケのQ太郎』の曽我町子以来、代々「ちょっとダミ声」な人が演じるのが伝統になっているが、水田さんの声は新『オバQ』や『チンプイ』を演じた堀絢子さんの声質に近く、ちゃんと伝統を踏まえていると言える。「新声優許せん」の声は、ただの思い込みでしかない。個々人の印象批評がいかにアテにならないか、ということなのである。
 これはもう藤子Fファンとしてはっきり言っておいたほうがいいと思うので言うが、キャラデザイン、脚本、演出を含めて、今回のリニューアル版『ドラえもん』が、原作に最も近い『ドラえもん』であると言える。いや、藤子作品の映像化としても、格段にいい。みんな、新『ドラえもん』を“本気で”応援しよう。


夜、キャナルシティAMC13で、映画『Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?』。
 周防正行監督によるオリジナル版『Shall we ダンス?』が公開されたのは1996年。もう9年も前になる。ダンス好きのしげと当然のごとくに劇場まで足を運んだのだが、そのときは「俺たちも社交ダンス習おうか?」と二人して盛り上がるほどに感動した。けれど、今回のハリウッドリメイク版では、そこまでの感動は持ち得なかった。これは映画の出来が云々というより、やはり文化の違いであろうと思う。
 もうこれもハッキリ言っちゃうが、オリジナル『Shall we ダンス?』は、社交ダンスにハマッた「オタク映画」であったのだ。確かに役所広司もリチャード・ギアも、ダンスを始めたきっかけはダンス教師であるヒロインの憂い顔であった。しかし、いったんダンスにはまってしまったら、家庭もダンス教師もどうでもよくなって、「自分の趣味に走る」のが役所広司のサラリーマンであったのだ。これを「オタク」と呼ばずして何と言おう。今思うに、オリジナル版は、「全ての日本人の男のオトナにはオタク要素がある」と喝破した作品でもあった。だから女性が「オタクなんて嫌い」と思うことは、「一生、男なんて要らない」というに等しいのである。
 断言しよう、日本人の男は全てオタクかオタク予備陣である。
『オトナ帝国』のチャコとケンに感情移入する人間は確実にオタクであろうが、それと同じ感覚で、我々は杉山正平を応援していたのである。杉山は、「やっぱりおうちが一番」と、薔薇持ってスーザン・サランドンに再プロポーズするような軟弱なナンパ男ではないのだ。
 まあ、リメイク版もそう悪い映画ではないと思う。けれど、オリジナル版を見ずに今度のリメイク版から見ようと仰る方には、「日本映画のほうが面白いよ」と言っておきたいのである。客に言えば、オタク嫌いで表面的なロマンスにだけ惹かれる人は、リメイク版のほうが面白く見えるかもね。

04月29日(金)
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