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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■訃報二つ/『名探偵ポワロとマープル3 雲の中の死』(石川森彦)
 監督としての評価も『事件』『鬼畜』を最後に、作る映画作る映画、酷評を受けヒットもしなくなっていく。結局は『砂の器』や『八つ墓村』が予想を超えて記録的に大当たりしてしまったことが、野村さんを「勘違い」させ不幸にしてしまったのではなかろうか。その結果、「大作」を「ヒット作」を作らなければならない、という思い込みが、野村さんを、そして松竹を支配し、そのために「ミステリー映画で当たったのだから、次もミステリーを」という安易な選択に走らせてしまったのではなかろうか。
 そうでさえなければ、あともう少し、小粒ながらもしっとりした映画を作り続けられたのではないか、そんな気がしてならないのである。


 訃報がもう一つ。
 こちらは野村監督に比べて扱いが格段に小さいが、マンガファンにとっては絶対に忘れられない、忘れちゃならない名前である。
 かつて伝説のマンガ雑誌『COM』(手塚治虫責任編集だったんだよ)誌に珠玉の短編マンガを発表し、「天才」の名を恣にしていた岡田史子さんが、3日、心不全のため死去していたことが判明。享年55。つい何年か前に旧作の短編集が編まれていたし、『消えたマンガ家3』でもインタビューに答えていらっしゃったので、お元気なものと信じていた(「消えた」と称するが、もともと寡作家で、数年作品の発表がなくてもファンは気長に待っていた)。
 作品数は限られていたが、24年組の人たちに強く影響を与え、少女マンガが少年マンガを凌駕するほどの深遠なテーマを扱うようになるきっかけを作った人であった。……こういう「常識」も、知っている人間の“誰もが”記しておかないと、忘れられてしまうのである。
 多分に60年代、70年代の世界に対する逼塞感を感じさせる作風であるが、少年の、少女の、壊れ行く精神を、切り絵が人形のようなキャラクターに託して象徴的に描いた作風は、現代でもあるいは未来でも充分に通じるだろう普遍性を持ちえていたと思う。代表作の『ガラス玉』『ピグマリオン』などは、飛鳥新社から発行されている『ODESSEY1966〜2003 岡田史子作品集』で読むことができる。


 マンガ、大橋志吉脚本・石川森彦まんが『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル3 雲の中の死』(NHK出版)。
 マンガやアニメからクリスティーに入ろうという人には「原作を読んでくれ」と言いたいところだが、ともかく活字離れの進んでいる現代では、若い人にミステリーを読んでもらおうと思ったら、「学習マンガ」的な、マンガとしての面白みに欠けるマンガであってもないよりはマシ、ということになるのかもしれない。
 と、好意的に評価しても、原作の選択に『雲をつかむ死』というのはちょっと納得がいかない。クリスティーの長編の中では犯人の動機、トリックにかなり無理があり、せいぜい中の下、程度の評価しか与えられないのだが、やっぱり「空中の密室」である飛行機の中での殺人という設定に、つい魅力を感じちゃうんだろうね。犯人が限定される状況でなぜあえて殺人を犯さなければならなかったのか? という疑問に明確に答えられていないのが難点なのだが、この疑問に納得のいく解答を出しているミステリーって、実はすごく少ないのである(去年の『名探偵コナン 銀翼の奇術師』も、そのあたりの矛盾が全く考慮されてなかったものなあ)。しかも前作の『パディントン発4時50分』と、内容的にちょっと「かぶっている」部分もあり、その点でも原作選択においてもう少し検討はされなかったのかと疑問が生じるのである。
 アニメに準拠しているので、今巻もメイベル・ウエストが登場しているのだが、『パディントン』のように「置き換える」キャラがいなかったため、出番も少なく、いてもいなくてもいいテイタラク。ポワロがやたら「解けない謎はない。真実は私に微笑む」と決め台詞を口にするのもうるさい。これはもう『金田一少年』と『名探偵コナン』の明らかな悪影響だ。原作ファンには宣告ご承知と思うが、ポアロは確かに「名探偵、みんな集めてさてと言い」という状況を作るのは好きだが、巷間言われているほどのハッタリ屋ではない。マンガもアニメもキャラクター造詣が雑なのである。

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04月08日(金)
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