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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■福岡・佐賀地震続報。泣いてたまるか(ToT)/ドラマ『青春の門 筑豊篇第一夜』
yahooの掲示板を覗いてみたが、「前日に地震雲を見た」だの「飼ってた動物が暴れていた」だの、お前ら江戸時代の人間か、と言いたくなるくらい非科学的な書き込みが跳梁している。断層が電磁波起こして電離層に影響を与えて変な形の雲を作るとか言ってるのだが、別に断層が生じなくても電磁波は空を飛びまくっているし、変な形の雲なんてしょっちゅう見かける。「地震雲」と称するものの形が一定していない以上は、地震と雲との間に明確な関連性はないと断定するのが常識的な判断というものだ。「動物が騒ぐ」に至っては何をか言わんやで、ケダモノはいつだって騒いでいる。うちの近所の犬は逆に昨日のんびり昼寝してたがこれはどうなるのかね。
そんなのは何の科学的根拠もないことはとうの昔に証明されてるんだが、未だに平然とこういうデマを流している御仁が多いということは、ネット社会の情報伝達能力なんて、日常においては屁の役にも立ってない面も大きいということだ。結局、人は自分の信じたいことしか信じない。占いだの血液型などにかぶれる能天気な連中が途絶えないのもムベなるかなだ。
ハカセ(穂稀嬢)から携帯のアドレス変更のメールが来たので、これで劇団の連中で消息が知れないのは、らぶやん(桜雅嬢)だけになった。けれどハカセが元気なら、らぶきっつぁんもきっと大丈夫だろうから(^o^)、多分、仲間うちで大きな被害にあった者はいなかったろうと思われる。暢気な彼女の性格からすると、無事ゆえに連絡する気も起こらなかったというところだろう。
結局、地震で一番被害を受けたのはウチか。震度五弱の余震の危険はまだ数日は続きそうだと言うし、散乱した部屋を片付ける気にはまだなれない。台所を片付けようと足を踏み入れてみたら、サラダ油がこぼれていて、滑って転んだ。左肘を打って、ちょっとすりむいたくらいだが、これも一応二次災害と言えるか。
しげの部屋に入るとき、割れた食器を踏んで足の裏をすりむいたが、これは食べた後で食器を片付けずに放っといたしげの仕業なので、天災ではなく人災である。しげのだらしなさがこういうときでも被害を増大させているのである。
ニュースでは、地震の負傷者は七百人を越えたと伝えた(グータロウ君のお子さんが、この数字の中にしげも含まれているのかと心配していたようですが、病院にかかるほどの傷ではありません)。それでもこれは震度を考えると比較的被害が少なかったと言えるらしい。筑紫平野の岩盤は、かなり頑丈だったのである。
それでも、中央区では倒壊の危険のある四階建てのビル付近から、住民が避難したというニュースを伝えている。映像を見ると、そこは支柱の二本が折れていて、なるほどピサの斜塔ほどではないが建物が傾いているのは見て取れるので、これは危ないとすぐに分かるのだが、ほかにも目に見えないところに亀裂やら破損やらが生じている建物も多いのではなかろうか。福岡・佐賀の住人は、これからはちょっとした“家鳴り”があってもそういう不安に苛まれる日々が来るのである。PTSDとはこういうものかと実感する人も多かろう。
こうした災害時に、行政の対策の出遅れが指摘されるのは常であるが、はっきり言って大規模災害に際しての対応のノウハウなどあってなきがごとくであるということをこそ今回は実感した。
「まさかこんな事態が起こるとは」と被災者が口々に言っているのは全て「嘘」で、一応考えてみたことがあるけれども、何一つ対応を取らないでいることで現実から目を逸らしていただけなのである。
まさしく誰もが「現実よりも虚構」の中で生きているようなもので、極端に言えば、小松左京の『日本沈没』に描かれているように、どんなに事前に警告が行われようと、「なすすべもない」部分はどうしても生じるのだから、“初めから対策を放棄している”のである。そのくらい、人間は、あるいは日本人は、不慮の災害に対して事前に何かを想定することなど出来ない。「事故を考えまいとする文化」の中で育てられてきている以上、どんなに優秀な人材が行政に関わっていようと、結果としては不手際しか生じないようになっているのである。
さびしい事実ではあるが、人生はやはり「運次第」だと諦観するよりほかはない。
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03月21日(月)
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