ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491675hit]

■チャボなんぞ知らん。/DVD『メリー・ポピンズ スペシャル・エディション』ほか
 私は「アンケート」にはある種の誘導尋問的な性質が必ずつきまとうと考えているので、その結果にはあまり信用を置いていない。それが子供を対象にしたものだとしたらなおさらである。例えば、大人であっても「人間は死んでも生き返られると思いますか?」と聞かれた場合、“それがどういう相手からどういう意図で発せられた質問か”そのときの状況判断によっては回答の仕方が変わるはずだ。親や兄弟、親しい身内を亡くしたばかりの遺族から「ねえ、人って死んだらやっぱり消えてなくなるのかなあ」と泣きながら聞かれたとしたら、「きっとこの空のどこかから君のことを見ていてくれてるよ」なんて言って慰めることはあるだろう(もちろん「人は死んだらそれまでさ」とあえて現実を突きつけて故人を忘れさせる場合もあるだろうが)。質問の意図を読めない、状況判断が未分化である子供たちだと、そういう場合もひっくるめて「死んだ人が生き返る? あるよ」と答えてしまうケースは充分ありえるのである。
 理由として挙げられた筆頭の回答は、「テレビや映画などで見たことがあるから」で29・2%、「ゲームでリセットできるから」が7・2%だが、これは子供たちが現実と夢の区別が付いていないかどうかの証明には全くなっていない。回答した子供たちが「テレビやゲームでは人は生き返るけれど、現実の人間は生き返らないよ」と判断している可能性もあるからである。……あのね、こういう質問で浮き彫りにされることはね、子供たちに「現実と非現実の区別がついているかどうか」じゃなくてね、「質問の意図が理解できているのか」、「他人の話を理解しようと務める能力が低下しているんじゃないか」っていう「学習能力」のほうになっちゃうのよ。質問の仕方は充分精査しないといけないんだけど、今回はそれがかなり雑だね。
 例えば質問の頭に「現実に」と付けて、こう質問してみたら、回答の内容もかなり変わってくるのではないか。「現実問題として、人間が死んで生き返ることがあると思いますか、次の中から選びなさい。1、絶対にない 2、滅多にないがたまにはある 3、あると聞いたことはあるが信じられない 4、信じられないが、あったらいいと思う 5、しょっちゅうあるし、自分もきっと生き返られると思う」
 大人に聞いても1より3、あるいは4を選ぶ人は多いと思うが、だからと言って「現実と夢の区別が付いていない」と判断されはしないだろう。それどころか1と回答すれば「夢がない」「冷血漢」と判断されかねない。子供たちも4の場合を含めて「ある」と答えた可能性もあるのである。その証拠に、自由記述では「人は死んでも心の中で生きている」「医学や科学が進歩すれば、生き返ることも可能」などの意見もあった。問題はあるが「脳死を人の死と認めない」立場の人間なら、後者の回答であってもおかしくないとも言える。
 中2の生徒に「殺人や傷害での罰や法律制度を知っているか」と聞いたところ、47%が「知らない」と答えた、という結果については「夢と現実」問題とは何の関係もない。単純な知識の問題で、「知らない」と答えたからと言って、生徒たちに「判断力がない」と即断することもできない。「法律は知らないが、人を殺すことはよくない」と考えている子供たちだっていて当然だろう。さらに言えば、大人だって、本当に「知っている」かどうか疑問だ。あなたは「どの程度の殺人なら死刑になると法的判断を明確に示せるか?」と質問されて「具体的に答えられるだろうか?
 新聞の「社会科の授業で裁判制度を教えるが、刑罰や社会的責任について教える機会はない」というコメントも、現代の子供たちが教育の場で常識的な判断を培うことができなくなっているというイメージを読者に与えるようにミスリードしている。

[5]続きを読む

01月26日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る