ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491678hit]

■アナリストたちの誤算/『毎日かあさん カニ母編』
 オタクが分散化の一途を辿っているのに、それをいっしょくたにして大市場のごとく語るのはどうかという気もするのだが、この数字の大きさに惑わされてか、どうも「バブル」のときと同じように有頂天になっちゃってるギョーカイの方もいらっしゃるようで、なんかあまり騙されない方がいいんじゃないですか、と他人事ながらお節介なヒトコトも言いたくなるのである。
 先日、森永卓郎氏はこの「2600億円」という数字に疑義を申し立てて、『夕刊フジ』の「森永卓郎サラリーマン塾」で、「1,メディアの融合化」「2,消費者と供給者の融合化」「3,新品と中古の融合化」の3点を挙げ、「オタク市場は現時点ですでに数兆円の規模に達しているだろう」と結論付けていた。
 その分析自体にそう間違いはないと思うけれども、だからと言ってオタク産業の全てが成功するわけではないのは、先日のトワーニの解散も象徴していることである。映画、アニメ、コミック、フィギュア、トレーディングカードなどなど、それこそメディアミックスを駆使しまくった映画『キューティーハニー』が見事にコケたのは、まさに「笛吹けど踊らず」だったのではないか。だいたい『ハニー』は、昔ながらのオタクの間では『CASSHERN』よりは“少なくとも”評価が高かったのに、ヒットはしなかったのである。『ハニー』は『フラッシュ』で少女マンガになったことでも判るように、本来の読者である男の子だけでなく「女の子にも」受けたマンガではあったが、だからと言って女の子がファンになるメインストリームの作品ではない。『ハニー』の公開中、ちょくちょく映画館に足を運んではいたが、ともかく女の子が入る様子がなかった。
 先日も日記に書いたが、男女間、世代間のオタク同士の断層はかなり深くなっていて、我々の世代のオタクにターゲットを絞ったところで「売れない」という法則がもうできあがりつつあるのだろう。

 msnの「インテリジェンスの業界レポート」では、
 「『otaku』はいまや、『shogun』『karate』『sushi』と並んで世界に通用する日本語だ。かつては『暗い』と同じ意味で、否定的に使われたが、そのイメージも変わってきた。また、オタクは重要な存在として注目されるようになっている」
 「知財立国を目指す日本にとって、まさにオタクは“国の宝”ということになるかもしれない」
 と、なんだか手放しの誉めようである。でも、この手のプロパガンダはこれまでにもしょっちゅう語られてきていて、その最たるものは岡田斗司夫さんの「オタクエリート論」であるのだが、それを真に受けてイタイ目に合ってきたオタクも決して少なくはないのである。
 実際に周囲を見回してみて、オタクに対する世間の反応をよく見てみればよろしい。本当に「イメージ」は好転しているのであろうか。少なくとも私が知っている男性のオタクは若いヤツから中年に至るまで何10人何100人といるが(一応、顔だけは広いのである)、明るくて女性にもモテる、なんてやつは殆どいない。もっとも、女性が好きになるタイプの男性は殆ど一点集中なので、オタクであるなしに関わらずモテないヤツはとことんモテないのであるが。
 しかし、興味のない相手にまで押し付けがましくオタクな話を熱心にするキモオタ男が男性女性を問わず嫌われているのは厳然とした事実である。

 この二つのレポートにケツラクしているのはそもそも「オタクとは何か」という捉え方がおおざっぱな点だ。
 「オタク=特定の趣味分野に時間や所得をかける人たち」と簡単に言うが、その「特定の」ってのが現実には、分野どころかかなり狭く限定された作品やキャラクターレベルにまで絞られている場合も多い。必ずしも作品同士のファンの相互乗り入れが行われているとは言えない状況もあるってことを、キチンと把握してはいない。
 例えばテニプリファンの腐女子が、テニプリ以外のアニメ作品のグッズ収集などにどれだけ金をかけるというのか。そんなことをすれば、仲間うちからヘタをしたら「浮気したな!」と捉えられ、阻害されかねない。なんつーか、キャラクターの誰が受けで誰が責めかとか、その解釈の違いだけで反目しあう世界だからねえ(-_-;)。

[5]続きを読む

09月18日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る