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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■会話のナカミがウスくったっていいじゃないの……ねえ。
 『メアリー・ポピンズ』に代表される「お手伝いさん」ものと言うか、あるいは佐々木邦の『苦心の学友』に代表される「学友」もののバリエーションと言うか、昔はよく見かけたけれども、最近のマンガ、アニメではなかなか目にすることが少なくなったジャンルであるが、これがもう何とも言えないくらいに見ていて落ち着くのである。
 作画も、原作の線を崩すことなく、また単調な構図に陥ることもなく、「アニメだなあ」と感嘆のタメイキが洩れるくらいに美しい。昭和30年代、40年代のマンガをアニメ化したりリメイクしたりするときには、本当にその時代の精神を「現代にも通用する普遍的なものとして」映像化しようとする姿勢が必要なんじゃなかろうか。今川泰宏版『鉄人28号』にいささかの不満が生じるのは、なにかしら「余計な解釈」が混じってしまっているせいだと思うのである。


『スター・ウォーズ』エピソード3の正式タイトルが『Revenge of the Sith(シスの復讐)』に決定。最近、エピソード6『Return of the Jedi』の邦題が、『ジェダイの復讐』から原題通り『ジェダイの帰還』に改められていたのも、これの伏線だったというわけである。
 『スター・ウォーズ』には全くハマらなかった、と、これまで日記に何度も書いてる私であるが、好きなキャラクターがいないわけではない。『帝国の逆襲』でのヨーダなんかも人を食った態度が相当好きではあるのだが、やっぱり銀河皇帝パルパティーン(イアン・マクダーミド)と、ドゥークー伯(クリストファー・リー)の二人なくして、スターウォーズ・サーガはありえない、というのが悪役絶対主義者である私の主張なのである。ダース・ヴェーダーはどうなんだって? だってアイツ、結局日和るから(^o^)。
 タイトルから言っても、また、エピソード4への繋ぎという意味を考えても、今度のエピソード6に期待したくなるのは当然なのである。だいたい正義のヒーローなんて、一本調子の馬鹿ばっかりなんだから、権謀術数、知能と謀略の悪役の方に憧れるのは当然なのである。
 ……いや、だから自分にないものを求めるから「憧れ」になるんであって、私個人は悪事に手を染めるようなことはナニモしてませんからね、念のため。


 映画の話題、もう一つ。
 当初、スティーヴン・スピルバーグが監督する予定で製作に入っていたけれども、『シカゴ』のロブ・マーシャル監督にバトンタッチされることになった、フジヤマ・ゲイシャ映画『さゆり』のヒロイン候補に、『グリーン・ディスティニー』『ラッシュアワー2』『HERO』のチャン・ツィイー(章子怡)の名前が挙げられているそうな。
 しげがまた嫉妬するとイヤなので、あまり大きな声では言えないが、チャン・ツィイーは、最近の女優さんの中では“かなりの”お気に入りなのである。中国映画、香港映画の女優さんというのは、まあ美人さんは多いのだけれども、どの映画に出ても似たような使い方をされることが多いし、ちょっとトシ食ったらすぐにワキのどーでもいいような役に回ってしまって、あまり長続きしないことが多いので(ジョイ・ウォンが四十にもならないうちに引退するとは思わなかったよ)、ファンになりがいがないのである。
 アクションがスタントなしでも結構こなせることがチャン・ツィイーの強みではあるのだが、出る映画、出る映画、ひとクセもふたクセもあるのが小気味よいのである。公開待機中の映画が数本あるが、古典アクションで金城武と共演する『LOVERS 十面埋伏』、カンヌ映画祭で話題を呼んだキムタク主演『2046』、鈴木清順監督久々の新作の『オペレッタ狸御殿』と、殆ど節操がないと言うか、イロモノに果敢に挑戦している印象すらある。そこに『さゆり』が加わるとなると、ヘタすりゃ致命的に評判を落とす危険すらある。こうもあの企画この企画と飛びついているのは、果たして熟慮の結果なのか、それとも逆に何も考えていないのか、それは分からないけれども、こういうデタラメな女優さんこそ応援したくなるのは、オタクの人情というものであろう。ホレ、押井守が佐伯日菜子に入れこんでたのと同じような心境なんですって。……譬えが分かりにくいか。

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07月28日(水)
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