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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■映画『クレヨンしんちゃん』とイラク人質事件解決(一応)
まあ見事に「馬鹿」の烙印を圧されてしまったお歴々である。もう一度NGO活動したいと言っても、あれだけ名前と顔を売っちゃったのだから、「普通の感覚を持っていれば」それはもうムリだということに気付きそうなものだが、これまでの「馬鹿言動」を聞く限りでは、あの脳天気ぶりは死んでも治りそうにない。ああいうボランティアに名を借りたナルシストのおかげで、「ボランティア」という行為そのものが胡散臭く見られてしまう結果になったのは全く残念なことだが、実際、表面的には自己満足のためにやってるやつと、本気で「仕事」としてやってるやつとの区別がつかないことが困りものなのである。
彼らに対する批判者も、どうしても「彼らの善意は認めるけれども」と、一定の評価はしなきゃならないという気にさせられてしまっているが、善意があること自体がそもそも大間違いなのである。「ボランティア」は絶対に「善意」を介在させてはならない。ボランティアは確かに無償の行為であるが、それはれっきとした「仕事」である。「人の命を助けること」それ自体が「報酬」なので、そのためには仕事を遂行するために何が必要かを冷静に判断する「能力」が求められている。「善意」はその能力の代わりにはならないどころか、「善意があればほかに何も要らない」と錯覚させる妨げにすらなる。
言ってみれば「ボランティア」とは一つの「技能職」であるので、今回の件で彼らはそのための能力がないと判断され、「免許」を剥奪されたも同様なのだ。二度とこういう「仕事」に関わってもらっては困る。ブラック・ジャックじゃあるまいし、無免許医に治療してもらいたいと願う患者がいるだろうか?
それにしてもどうも気になるのは、仲介役を買ったというイラク・イスラム聖職者協会のアブドルサラム・クバイシ師である。まあ、日本政府としては人質の解放に尽力してくれたのだから、感謝しなきゃならないんだろうけれども、言ってることがテロリストたちと同じ「自衛隊撤退」である。しかも、「今度の解放は日本政府の交渉のおかげではなく、人質たちがイラクのために尽くした者だから」とか「日本政府はまだ感謝の意を示していない」とか言って、日本政府を批判、そして「日本国民」に呼びかけているところもソックリである。「交渉のおかげでない」って、そりゃテロリストとの「交渉」自体を拒否したんだから当たり前ではないの。昨日も書いたが、この手の意見は「交渉を拒否されたテロリストたちが手詰まりになって仕方なく人質を解放した」という可能性を故意に無視している。
つまりはこのクバイシ師、実質的に犯人たちと「一脈」通じている訳で(だからこそ仲介役もできたんだろう)、あまり信頼してよい相手でもない。こういう海千山千、魑魅魍魎が跋扈しているようでは、「善意」だけの日本人エセボランティアなどは体よく利用されるだけだ。NGOは危険地域外であろうと、全員さっさとイラクから撤退した方がいいと思うが、する気もないんだろうな。
04月17日(土)
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