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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■また訃報。立て続けだとちょっとツライ。
インタビュー記事や自伝の漫画などを読むと、ラッパ吹きと言うか、相当に自己宣伝色の強い人で、そのあたりが後年の不遇にも繋がっていったのだろうと思われる。未だに『マグマ大使』のギャラを岡田眞澄ほか出演者に払ってないというのはどうもデマではないようだが、悪意からではなく、ラッパ吹いてるうちについ次の仕事の資金に使っちゃったのだろう。仕事にルーズな人ではあったが、その大らかな人柄は結構好かれていたように思う。三船敏郎、円谷英二、手塚治虫らとの交友を限りない憧憬をもって嬉々として語る様子を見ていると、この人は基本的に「モノを作る人」ではなく、どこまでもファンの延長線上でプロデューサーになっただけなのだろうなあと感じられる。その意味でうしお氏に一番近い存在は、エド・ウッドだろう。氏のことを「日本のエド・ウッド」と呼んでも怒る人は、うしお氏のファンにはいないと思う。
Pプロダクションの製作作品群は、お世辞にも一級とは言いきれない。後年に至るほどその出来はどんどんひどくなっていくが、それでもリアルタイムでその殆どを見ていた。見るものがなくて仕方なくではない。本気で好きで見続けていたのだ(見損なってるのは多分福岡では放映が遅れた『鉄人タイガーセブン』くらいのものだ)。でなきゃ当時のコミックスで『宇宙猿人ゴリ』や『快傑ライオン丸』『風雲ライオン丸』まで集めたりするか(復刻版まで買っちまったよ)。円谷の『ウルトラ』シリーズですら当時はあまり買っていなかったと言うのに。
特撮やセットがチャチだの、脚本がいい加減だの、パクリが多いだの、テコ入れのたびに設定が変わるだの、欠点をあげつらい、チープと呼ぶのは簡単だが、それはうしお氏にとっては決して手抜きではなかったと思う。ほかに表現のしようもないので言い切ってしまうが、うしお氏ほど、当時「愛」をもって特撮ドラマを送り出していた人はいないのだ。
『ゴリ』も『ライオン丸』も『電人ザボーガー』ですら、今見返すと、私は涙ぐみそうになる。困難に立ち向かう勇気を、逆境に負けない根性を、悪に打ち勝つ正義を、愛を、うしお氏は語った。若い人にとって、それらのものはただのきれいごとにしか見えないかもしれない。けれど、うしお氏の稀有なところは、それを語る時、決して自分に酔ってはいなかったということだ。
うしお氏の主人公たちはよく涙を流す。蒲生譲二も獅子丸も大門豊も泣いた。けれど彼らは泣いて終わったわけではない。彼らは決して涙に流されることはなかった。感情を越えた強い意志がそこに流れていたからこそ、涙の先に道があることが訴えられていたからこそ、我々はうしお氏の作品群に魅せられていたのではないか。
うしお氏のそういった思想の背景には、やはり一兵卒として敗戦を迎えた戦争体験が大きく影響しているように思う。こういう形で語り継がれる「戦争」もあるのだ。説教するばかりが能ではないことを知るためにも、今一度、うしお氏の作品が復活してもいいと思うのだが、往年の特撮・アニメのリメイクが流行る今日、『マグマ大使』以外のリメイクがないというのは淋しいことである。
イギリスの俳優、ピーター・ユスティノフが28日、スイスで死去。こちらも享年82。
役者としてのピークはアカデミー助演賞を受賞した『スパルタカス』(1960)、『トプカピ』(1964)のころだったのだろうが、我々の世代だと、アルバート・フィニーの跡を継いで、『ナイル殺人事件』(1978)以降、映画で三本、テレビスペシャルで三本、計6本で私立探偵エルキュール・ポアロを演じていたのが印象深い(ロイター通信、「『名探偵ポワロ』シリーズでエルキュール・ポワロ役を演じた」って紹介してるけど、これ翻訳ミスだろうな。デヴィッド・スーシェととっちがえているのである)。
もっとも原作のポアロのイメージ(小男)とは似ても似つかぬ大兵肥満ぶりに、原作ファンは「あんなのポアロじゃない!」と怒っていたのだが。テレビ版『エッジウェア卿殺人事件』(1985)でワトソン役のヘイスティングスを演じたジョナサン・セシルが痩せた小男だったために、ユスティノフの太りぶりは一層強調されていた。
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03月29日(月)
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