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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■追加日記1/『サブカルチャー反戦論』(大塚英志)
死生一度人皆有 孤猿坐啼墳上月 (死生は誰にも一度きり、ほら、猿が墓の上で月に向かって鳴いている)
且須一尽杯中酒 悲来乎 (さあ、ともかくこの杯を呑み干してくれ、悲しやな)
悲来乎,鳳皇不至河無図 (悲しやな、聖王出現の瑞兆たる鳳凰が現われることも、黄河の竜馬の背に現れた河図が見えることもない)
微子去之箕子奴 漢帝不憶李将軍 楚王放却屈大夫 (微子は去り箕子は奴隷となり、漢の武帝は李広を忘れ、楚の襄王は屈原を放擲した)
悲来乎 悲来乎 (悲しやな、悲しやな)
秦家李斯早追悔 虚名撥向身之外 (秦の李斯は後悔するに敏であったが、その虚名は既に身を滅ぼしていた)
範子何曾愛五湖 功成名遂身自退 (范蠡はなぜ五湖を愛したか、功成り名を遂げ自ら身を引くことができた)
剣是一夫用 書能知姓名 (剣なんて敵一人を斬ることしかできないし、書なんて姓名を書くことができれば充分だ)
恵施不肯干萬乗 卜式未必窮一経 (恵施は魏の恵王に万乗の国を譲られたが断り、卜式は中郎にまで昇りつめたが経の一つも極めてはいなかった)
還須黒頭取方伯 莫謾白首為儒生 (黒髪の艶やかなうちに諸侯の旗頭になりたいが、たいていは白髪頭の儒学者で終わるものよ)
大塚英志『サブカルチャー反戦論』(角川文庫・540円)。
『「彼女たち」の連合赤軍 サブカルチャーと戦後民主主義』『少女たちの「かわいい」天皇 サブカルチャー天皇論』に続く、サブカルチャーシリーズ第3弾。
全部読んでるということはやっぱり私は大塚さんのファンなのかな。大塚さん嫌いの大月隆寛はハッキリ好きではないんだけど、だからと言って大塚さんの意見に全面的に賛成というわけでもない。正直な話、大塚さんが振り挙げてるのは「蟷螂の斧」だという気はする。大塚さんの分析は鋭いけれども、政治はおろか世論一つ動かすには至るまい、という悲しい事実も感じないではいられないからである。
2年前の9.11に始まる「戦争」は、まあ見事なくらいに全世界にテロと紛争の種をばら撒いてくれた。もちろんそれをやってくれちゃったのはブッシュさんであるわけだけれども、アメリカさんに守ってもらってる以上は戦争反対なんて言えないじゃないのよ、と「現実」主義を唱えてたみなさんは、今の「現実」をどうお考えかな。
大塚さんが喝破したごとく、やや規模が大きいとは言え、アメリカ一国を狙ったただの「テロ」が「戦争」に拡大解釈されていった背景には、アメリカの政治理念がその建国以来、「映画」のような「物語」に依拠してきたという事実がある。つまり、あまりにも単純な「勧善懲悪」的「西部劇」の世界である。
インディアンの虐殺も、広島・長崎の原爆投下も、アメリカにとっては「正義の戦争」だったんである。イラク戦争を肯定することはアメリカさんの「戦争の早期終結のために原爆投下は正当化される」という意見も受け入れるのが筋なんだけど、そこまで考えてモノ言ってる人、そう多くないね。
けど、いくら小林よしのりさんみたく「作法としての反米」を標榜したところで、アメリカべったりの政治を日本が放棄できるわけもない。大塚さんはもっと率直に「この国は憲法前文や『九条』の理念を文字通りに受けとめ、愚直に生きる途がやはり本当はあったはずだ」と述べるが、それを「愚直」と自ら語ってしまうあたりに、現実としてこの国にそれを実行することは到底不可能であったことを露呈してしまっている。
だからやっぱり大塚さんの主張はムダ骨で愚かでしかないんだが、小利口ぶって「現実主義」を口にする連中よりはよっぽど心地よい。「現実を語るほど、人は現実を認識できなくなる」というのは誰の言葉だったか。人間、あまり利口になるのも考えものである。
10月02日(木)
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