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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いきなり記念日/『なんだかコワレ丸』3巻(矢也晶久)/『デル・カント・バジェット』(坂田靖子)ほか
この『新天地』のほうは、新たに多麻というキャラクターがレギュラー入りしちゃったんだけど、OVAのほうにも登場するんだろうか。それともまた世界が枝分かれしてしまうんだろうか。それとも「新」が付いてるのはもうパラレルになっちゃったって意味なのかな。
実のところ、既にこのシリーズ、最終回なんて作りようがなくなっている。っつーか、OVAの第2シリーズも、テレビの「新」も劇場版も全部「番外編」的な作りになっちゃってたしなあ。本気で「最終回」にするんだったら、「結局天地は誰とくっつくか」ってことを描くしかないんだが、今更それやっても無意味だし。だもんで、このマンガ版の方も、まるで完結編をほったらかして延々とインサイドストーリーを描き続けた某マンガのように、いつ果てるともしれない「日常の非日常」を語り続けてるんである。今回は魎呼の話、次は阿重霞、次は砂沙美、美星、鷲羽……というローテーション。いわゆる「偉大なるマンネリ」ってやつだが、それにしてもそろそろ限界じゃないのか。
だってさあ、砂沙美が未だにサンタを信じてるっての、話としてはいくらなんでも作りすぎじゃない?(^_^;)。
マンガ、坂田靖子『デル・カント・バジェット』(エニックス/ステンシル・コミックス・580円)。
こういう絵が描けたらなあ、と思う作家さんというのはそう多くはない。坂田さんのマンガを知ったのは多分『バジル氏』が最初だと思うが、そのときに「ああ、こういう絵が描けたらなあ」と思い、実際、マネをしてみたこともある。私の描くラクガキのベースはよく高橋留美子ではないかと言われるが、坂田靖子も実はちょっとだけ混じっているのだ。もちろん、吾妻ひでおとか石森章太郎とか永井豪とか、いろいろ微妙に混じってる人はたくさんいるんだが。
率直かつ客観的に言って、坂田さんの絵は、決して上手い部類には入らない。しかし、マンガの絵としてはとっても魅力的だ。
絵がどんなに上手くても、それこそ細密画のような絵を描く人のものでも、それだけでは「マンガとして」惹かれるとは限らない。いしかわじゅんが『アキラ』以降の大友克洋を「イラストレーターとしてはいいけどね」と語るのも分るのである。絵としてはヘタでもマンガ表現としてはすばらしい、というのがマンガとしての命なんであり、青木雄二がすばらしいのもそのためであるのだ。
で、青木雄二と比較しちゃうのは坂田さんはちょっとイヤかもしれないが、坂田さんの絵、線は単純だしよく歪むし、人物の描き分けもうまいこといってないのだ。なのに、その描き分けのできてないはずのキャラの区別が、坂田さんのマンガだとちゃんとつくのである。『カレカノ』とか『フルバ』とか、人物が増えるたびに誰が誰だかどんどんわからなくなってきてるのに、坂田さんのマンガの場合にはそれがない。
それはつまり、坂田さんがちゃんと「マンガ」を描いているからである。「キャラクター」が立っているからであり、「ドラマ」をキチンと描いているからなのである。
アンドレア・デル・カント。
宮廷の新任財務長官である(哲学者のエマヌエル・カントとは別人)。
有能なリストラマンとして大抜擢された彼の行く手を阻む者は、なんと城の屋根裏に住みついていた一匹の鬼。実直を絵に描いたようなカントの命令のもと、財政緊縮のために兵舎を追い出されてきた近衛師団に、暗くてカビだらけの心地よい住みかを大掃除されて大立腹。なんとしてもカント長官を失脚させようと、聖騎士団長でカントに恨みを持つペーターを操って、彼を暗殺させようとするが……。
筋だけ書くとシリアスっぽいけれど(でもギャグマンガでもない)、坂田さんの雲の上に乗ってるような絵柄だと、斬り合いのシーンですら巧まざるユーモアが漂う。鬼の陰謀を阻んでいるのは、カントの実力ではなく、坂田さんのこのほんわかした絵柄であろう。
それは、最終的に、鬼を倒したのがカントでもなく、ペーターでもなく、カントの親友の軍司令官でもなく、「あの人」だったということでも証明されていよう。読んでない人にはなんのことかわかるまいが、イヤ、実に人を食った結末なのですよ。
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02月28日(金)
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