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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■メイキング・オブ・SF・レビュー/『川原泉の本棚』(川原泉・選)/映画『宇宙大戦争』『地球防衛軍』
けれど当時の私には、よく分らないえすえふの専門用語を目にするたびにアタマの上にクエスチョンマークが浮かびまくっていた。
本のタイトルは、『夏への扉』。もちろん、竹宮恵子版ではない(^_^;)。
勉強会でどんな感想を言ったかは覚えていない。
ともかく当時は、SFを読んで読んで読みまくって「勉強」するしかなかった。そんでもって、カッコつけたモノイイもしてみた。
あるとき、俄仕込みの知恵で「SFの定義はね」とか言ったら、「定義のためにSFがあるんじゃないんだよ?」と彼女にちょっとキツイ口調でたしなめられた。
ヤケになって「SFなんてな」と言ったら、激怒した友人に「撤回しろ!」と突っかかれて論争になり、夜まで帰れなかった。
けれど、楽しかった。
むりやり読まされた本でも、読み始めたら夢中になった。
好きな子には告白することはなかったけれど(まあ、そういう子は私の場合、腐るほどいるから)、あれも私の青春ではあった。
色気ないなあ、と今の人には思われるかもしれないが、あのころ、そんな風景は日本中のあちこちで繰り広げられていたと思う。
今や、若い人たちのSFに対する感覚はまるで変質してしまった。今や、誰もSFの魅力を語る者はいない。その惨憺たる状況は、岡田斗司夫さんが「かつてSFというものがあった」と語るほどだ。
SFの魅力とはなんだろう。センス・オブ・ワンダー? そんな言葉、もう黴臭くなっちゃってるよ。そう嘯く人もいるだろう。
『アルジャーノンに花束を』って、SFだったの? そう口にする若い人もたくさんいる。
そんな中で、あえて「SFを語る」とはどういうことなのか。
SFってなに? もう一度そこから始めなければならないのかも。
でも、それはなぜ?
あぐにさんに何を推薦するかで散々悩んだ末に、私が結論を出したことは、「今のことはもうどうでもいいや、昔に戻ろう」であった。
というか、それしかできない。
私がSFを一番好きだったのは間違いなくあのころであったし(今でも好きだけれども)、たとえ青臭くとも、あのころの感覚で作品を選び、紹介した方が、あぐにさんの言う「初心者向けに」という求めに答えられるんじゃないかと思ったからだ。
選んだのは、とりあえず昨日までで以下の通り。いくつかの作品にはレビューの文章もつけた。
レイ・ブラッドベリ
『火星年代記』『太陽の黄金の林檎』『何かが道をやってくる』『ウは宇宙船のウ』
フレドリック・ブラウン
『発狂した宇宙』『火星人ゴーホーム』『天使と宇宙船』
ロバート・A・ハインライン
『異星の客』
ポール・アンダースン&ゴードン・ディクスン
『地球人のお荷物』
ハリイ・ハリスン
『テクニカラー・タイムマシン』
トム・ゴドウィン
『冷たい方程式』
アイザック・アシモフ
『鋼鉄都市』『はだかの太陽』『われはロボット』『アシモフの科学エッセイ』シリーズ
ジェイムズ・P・ホーガン
『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』
アーサー・C・クラーク
『決定版 2001年宇宙の旅』シリーズ
中には絶版でもう手に入らないものもあるが、あぐにさんから頂いたレスでは、古本屋も回られると仰っていたから、全部ではなくともある程度は手に入るだろう。
「お勧めSFまだまだ沢山ありそうで楽しみです」とはありがたい言葉だが、私は前述した通り、感覚的にはナマイキな高校生に戻って書いているのである。そのために、ここに挙げた本は全部ひと通り読み返して、「あのときはどんなふうに感じながら読んでたかな」と思いだしながら書いた。文章が生硬なのは(いつもそうかもしれないが今回は特に)そのせいである。
ただ、『火星年代記』だけは持ってたはずの本がどこへ行ったか分らなくなっている。多分、しげに貸したまま、どこかにほっぽらかされているのだ。
おかげで、この文だけ記憶のみで書いている。ちょうどいい恥晒しだから、これだけ日記に移しておこう。掲示板の方は流れちゃうと保存が利かないんでね。
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02月19日(水)
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