ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491706hit]

■そのうち隔離されるかな/アニメ『ユキの太陽』(宮崎駿)/『カルト王』(唐沢俊一)
 子供のころ、土、日の昼から夕方にかけて、テレビで『○曜時代劇』なんて番組があってたが(最近は『サスペンス劇場』の類に圧されて、あまりやってない)、監督のクレジットを見ると、たいてい松田定次であった。いったい、今までに何度『水戸黄門』(1960)を見たか知れやしないが、その割りにストーリーの大半を忘れてしまっているのである。
 弟さんのマキノ雅弘さんの映画には、どこかギラギラとした才気が感じられたものだったが、松田さんの場合は悪く言えば大味ってことになるんだろうけれど、いかにも映画を堪能したって感じの「大作」感を味わえたものだった。
 オールスターキャスト映画を任されることも多く、「東映創立○○年記念映画」の類は、たいてい松田さんが監督していた。

 しかし、私にとって松田さんは「時代劇の人」というより、「ミステリの人」の印象が強い。理由は言わずもがな、『多羅尾伴内』シリーズと『金田一耕助』シリーズの二つを立ち上げたのが松田さんだったからである。もっとも、その映画の存在自体は情報として知ってはいても、実際に現物にお目にかかれたのは随分トシを食ってからであったが。
 「あるときは片目の運転手……」って多羅尾伴内の名ゼリフ、林家木久藏のものマネでしか知らない人も多いんだろうなあ……。いやいや、そのものマネ自体、木久藏さん、やらなくなって久しいからもう、なんのことやら(-_-;)。
 かろうじて、小林旭によるリメイクや、小池一夫・石森章太郎によるマンガ化で、多羅尾伴内の存在を知っている人もいるかもしれない。しかし、本家本元の『多羅尾伴内』とはやはりテイストがかなり違っている。

 映画史的な説明としては、『多羅尾伴内』シリーズは、戦後しばらく、GHQの検閲によって時代劇映画の製作が禁じられたために、戦前の時代劇映画の制作者たちが「“現代”を舞台に“時代劇”を作った」とされている。
 多羅尾伴内は丸メガネに口ヒゲ、いつも背中を丸めてヨチヨチ歩いている見た目はいかにも頼りなげなしがない老私立探偵である。事件が起こっても右往左往、まるで役に立っているようには見えない。しかし、実は彼の正体はかつて帝都を騒がした怪盗・藤村大造である。今は改心し、自分の汚れた魂を救ってくれた恩人の警官が殺された事件の謎を追って、自ら「正義と真実の使徒」と名乗る。
 事件を追う間、様々な変装をし、最後は自らの正体を明かして、犯人たちを逮捕し、警察に引き渡す。確かにそれらのケレンぶりを見れば、まるで『遠山の金さん」であって、「時代劇現代版」と言われるのもわかりはする。
 しかし、松田定次監督による『多羅尾伴内』の初期4作品、『七つの顔』『十三の眼』『二十一の指紋』『三十三の足跡』を見てみると、巷間言われるように、時代劇のプロットを現代劇に持ちこんだためにかなり荒唐無稽な内容になってしまった、との批評が必ずしも当たってはいないことに気がつく。
 例えばよく槍玉に挙げられる「主演の片岡千恵蔵がいくら変装したって、見りゃ一発で千恵蔵本人って分るじゃないか」というツッコミ。でもその七変化、観客から見れば毎回千恵蔵だってことは一目瞭然なんだけれども、ストーリーの上では、その変装した姿の伴内に出会うのはそのときが初対面の人間ばかりなんである。つまり映画の中の七変化は「多羅尾伴内の正体を隠すため」であって、「片岡千恵蔵の正体」を隠すためのものではない。
 演技の質も、確かにラストのキメの部分では千恵蔵御大、大仰な演技をしてるんだが、普段は実に落ちついた、リアルな演技を披露している。千恵蔵さんの演技力って過小評価されてるって思うんだけど、いっぺん『赤西蠣太』や『血槍富士』、『十三人の刺客』あたりをを見てみたらどうか。

 松田さんから話が離れてしまったが、言いたいことは時代劇の監督と言っても決してパターンに流されただけの人ではなくて、細かい描写をきちんと積み重ねていくタイプの人だったってことだ。
 だからこそ、アニメ『佐武と市捕物控』に「監修」として迎えられたのだと、今にして思う。


 唐沢俊一『カルト王』(幻冬社文庫・600円)。
 単行本は持ってるけど、また買いました(^^*)。

[5]続きを読む

01月24日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る