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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■藤岡弘が洞窟に入る♪/『地球ナンバーV‐7』(横山光輝)/『キッチュワールド案内』(唐沢俊一)/DVD『プリンセスチュチュ』1巻
 例えば「臭覚論」で、ある香りを心地よいと感じるのは全て「文化的刷り込みによる」と指摘するところまでは誰しもできることだろう。ところがそこで唐沢さんが例としてあげるモノが、『枕草子』で清少納言が牛糞の匂いから思い人を連想するエピソードや、司馬遼太郎『義経』における男色のために香料をケツにまで塗られる話、H.G.ウェルズが蜂蜜の体臭の持ち主だった話、世界各国の「臭い」食い物の話などなど、これでもかこれでもか、というほどに羅列される。傑作なのはスウェーデンのシュールストレミングというニシンの缶詰の話。「大根の糠づけとくさやと鮒ずしとチーズと道端に落下している生銀杏があいまったような強烈なものに、さらに腐りかけたニンニクのような臭気をかぶせた感じ」だそうだが、スウェーデン人でも女性は嫌がって食べたがらないらしい。自分たちも嫌いな匂いのモノをどうして作るかな(^_^;)。と言いながら私も日本人でありながら、クサヤだけは生まれてこの方、一度も食ったことがない。美味いんだろうか。
 それらの記事を読んでるうちに、段々と、「なるほど、『臭い』なんて感覚は所詮は思いこみなんだな」と実感するようになる。恋人同士なら、お互いの体臭を「キミの○○○は薔薇の香りがするよ」「アナタの○○○を嗅いでるとまるで水蓮に包まれてるようだわ」くらいの会話をしなければなるまい。幼い娘から「お父さんのオナラ、クチャ〜い」とか言われたら、お父さんは「しっかり嗅げ!」と言い返そう。それが愛だ。
 私ら夫婦はお互いの体臭、結構嗅ぎあっているのだが、しげは私のオナラだけはどうしてもダメだと言うし、私もしげのワキを嗅ぐことだけはダメである。まだまだ夫婦としては修業が足りぬということか。

 ただまあ、こういう「知識もの」になると、唐沢さんの博覧強記を尊敬する一方、私もどうしても「これはまだちょっと見方が甘いぞ」とツッコミを入れたくなる悪い癖がムクムクと頭を持ち上げてくる(^_^;)。
 例えば「江戸と大坂論」で、花登筐作によるテレビドラマ『細うで繁盛記』や『どてらい奴』が「大阪=しつこくがめつい」というイメージを作った、というのは我々の世代にとってはそうであっても正確とは言えないだろう。
 というのが、井原西鶴の『日本永代蔵』に既に「がめつい大坂商人」は登場しているからである。原本が本の山に埋もれていて取り出せないが、金持ちだがケチな商人が、正月の客にも料理を出さない、台所で音がしているのは「ありゃ大福帳の糊を摺ってるんです」と客をケムにまく落語そのまんまな話もあった。実際、落語の「しわいや」で取り上げられてるネタの発祥は、殆ど関西落語である。唐沢さんが西鶴を読んだことがないとは考えられない。これなどは余りにも有名過ぎて、唐沢さんはかえってウッカリと失念されていたのではないか。
 しかし、関東以北の人々が関西以南の文化について無知とまでは言わないまでも、視野に入れ損なうことが多いのは、やはり自分たちの文化が中心にあるという奢りによるものであると思う。実際の歴史上、関東が文化の発進地であったことなど殆どないのだが。

 ほかにツッコミを入れたいところがないわけではないが、全ての項目について感想を述べていく余裕はないので、あとは目次をちょっと紹介しておくだけにしとこう。読んだ人、誰か掲示板ででも「ここはちょっと掘り下げが甘いよなあ」とか話しませんか(^o^)。
 「美少女論」「記録論」「道教論」「新渡戸稲造論」「ゲテもの論」「排泄論」「都市伝説論」「カニバリズム論」「異名論」「水銀論」「ヒロポン論」「フリークス論」「辛味論」「歌舞伎論」「堕胎論」「裁判論」「同性愛論」「幽霊論」「服装倒錯論」「悪趣味論」「ハゲ論」。
 論、論、論と続いているとお堅い本のように錯覚するかもしれないが、実はこれ全て副題で、各論のメインタイトルは、、例えば「ヒロポン論」には「日本ヤク中時代」などというアブナいタイトルが付いている。書き写すのがめんどくさいから省略しただけだ(^_^;)。エンタテインメントとしてのコラムにはしっかりなっていて、読んでて退屈するということはないのでご安心を。


 DVD『プリンセスチュチュ』1巻。

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12月26日(木)
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