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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■数年前までは忘年会なんて殆どしなかったなあ/『時代小説英雄列伝 銭形平次』(野村胡堂)
 ふと台所を覗くと、買い置きしておいたラーメン「goota」の数が減っている。しげに食われたのだ。どうしてこいつは人のメシを勝手に食ってくかな。


 野村胡堂(縄田一男編)『時代小説英雄列伝 銭形平次』(中公文庫・620円)。
 『鞍馬天狗』に続くシリーズ第2弾。厳密に言えば『銭形平次』シリーズの通しタイトルは『銭形平次捕物控』なんだから、そう表示してほしかったところだ。
 映画化、テレビ化されていて、名のみは有名でも、原作は読んだことないと人の言う時代小説は結構ある。だもんだから、銭形平次についても映像のイメージだけで勝手にツッコミを入れる人もいて、その代表的なものが「あんなに毎回銭を投げてて、平次んちは財政危機に陥らないのか」ってもの。原作じゃ投げ銭の描写なんてほとんどないんだって。ありゃ逃げる下手人にとっさの判断でやってんだから、そうそう毎回下手人が逃げ出すものでもなし、たまにしかやらないのは当たり前なんである。テレビのルーティーンに対して突っ込みたいのは、原作ファンの方なんだがなあ。
 こないだも鴉丸嬢が同じこと言ってたんで、「そりゃちゃうよ」とついたしなめてしまった。でも考えてみたら大川橋蔵の『銭形平次』の本放送すら記憶にない世代なんだから、何も知らなくって当たり前、無知を突っ込み返すのも野暮ではあった。
 だいたいエラそうに言ってる私だって、銭形平次シリーズの全ては読んでいないのである。昔、富士見時代小説文庫で傑作選が全10巻で出ていたのと、講談社大衆文学館で、『銭形平次・青春編』を読んだだけだ。これでもあの膨大なシリーズの5分の1程度に過ぎない。この傑作選シリーズも現在は絶版、今、銭形平次シリーズ383作全てを読もうと思ったら、大きな図書館で『銭形平次捕物全集』50巻を探すしかないのだ。そんな中、わずか1巻本とは言え、映像とは違った平次の魅力を伝える一冊を編んでくれたのはありがたい。
 収録作は『平次屠蘇気分』『五月人形』『赤い紐』『迷子札』『鉄砲の音』の短編5作と、『随筆銭形平次』の抄録。
 随筆を読むと、野村胡堂がトリックの創案にいかに腐心したかが縷々として語られている。つまり、捕物帳を単に江戸風俗を描くものではなく、探偵小説として成立させようとしたということである。一時、「『銭形平次』は海外小説の翻案ではないか」という疑惑が浮上したことに対し、「種本はない」と言下に否定しているが、これも作家としての矜持だろう。
 でも、作者の主張をそのまま鵜呑みにもできない。例えば『五月人形』などは、あちこちの店に飾られた五月人形が次々に何者かによって破壊されていく、という話で、あまりにも有名なあの小説が明らかにネタになっている。ただし、単純な翻案と言えないのも確かで、そのトリックの解決が元ネタ作品とはちょっと変えてある。ネタを探偵小説の古典に求めてはいても、換骨奪胎していればいいってことか。
 でも、実のところ銭形平次の小説としての面白さは、作者には悪いがトリックなどではなく、平次とガラッ八の掛け合い漫才にある。

 「親分、世間はとうとう五月の節句となりましたね」
 「世間と来たね、お前のところは五月節句が素通りすることになったのか」
 「あっしも男の子でしょう。鯉幟や五月人形の贅は言わないが、せめて柏餅くらいにありつけないものかと朝っから二、三軒、男の子のありそうなところを当って見ましたが」
 「さもしい野郎だなア、生憎おれのところもお祝いするほどの男の子はねえが、謎を掛けられて季節のものを食わせねえほどのしみったれじゃねえ。おい、お静、表の餅屋へ行って、柏餅を総仕舞にしてな、臍が欠伸するほど八の野郎に食わせてやるが宜い」
 「じょ、冗談じゃありませんよ、あっしだって、柏餅を買うお鳥目くらいはありますがな、大の男が餅屋の店先に突っ立って頑張るのも色気が無さ過ぎると思って、ツイ独り者らしい愚痴を言ったんですよ」
 「食い気ばかりかと思ったら、色気もあるんだな、お前は。ま、安心しねえ、お静は気が小さいから、柏餅を一両と買って来る気遣けえはねえ」

 冗談に冗談で返すこの妙味が、テレビ版では今一つ薄かったように思う。

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12月05日(木)
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