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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■殺伐とした日々/『文章読本さん江』(斎藤美奈子)
 明治時代の小学生が文章の定型にハマるあまり、花見に出かけりゃ必ず「一瓢を携へて」と書いた、というのは笑い話であるが、このことは、何も今のガクセイの文章力が昔に比べて著しく低下してるってわけでもない、ということを証明している。しかしこういう状況は、「美しい日本語を守ろう」なんて考えてるヒトにとっては実に憂えるべき状況であろう。となれば、そのヒトたちが「このままでは日本人から正しい日本語能力がケツラクしていく。それを看過するわけにはいかない」と一念発起、指南書を書こうって気持ちになっちゃうのも分らないではないのだが、それがかえって結果的に日本人全般に「悪文コンプレックス」を生みつけることになっちゃったんではないか。
 「公文書などもあるのだから、お固い文章も書けないと」という意見もあろう。しかし、今書かれている公文書の生真面目そのものに見える文だって、昔の漢籍のみが文とされていた時代から見たら、全部ハナモゲラなのである。人の書いたものにやたら難癖つけたがるやつは多いが、別に作者はそいつのご機嫌取るために書いてるわけじゃない。そのくらいのことは理解しなきゃ、自分のほうがゴーマンかましてるだけってことになるんだよ。
 著者の斎藤さんが導き出した結論は「文は服だって言ったじゃん。いつどこでどんなものを着るかは、本来、人に指図されるようなものではないのである」。
 全面的に賛成。\(^o^)/

12月04日(水)
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