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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■巨とか貧とか実はさほど気にしてない。ホントよ/『敬虔な幼子』(エドワード・ゴーリー)/ドラマ『時をかける少女』(内田有紀版)ほか
 本来この作品は、本国では「レジーナ・ダウディ」の変名で出版されたものだが、ラストのイラストの墓標に、しっかり「E・G」と作者ゴーリーのイニシャルが刻まれているところに彼の「したたかさ」が見て取れる。

1,三歳になって間もなく、ヘンリー・クランプ坊やは、自分の心が邪であること、にもかかわらず神様は彼を愛し給うことを知りました。
2,坊やはじきに、多くの聖句や聖歌を覚えて、いつも一人で唱えておりました。
3,あるとき波間から鴎が舞い上がるのを見た坊やは、「御覧、あれを!」と妹のファニー・イライザに言いました。「僕が死んだら、あの鳥のように天に昇るんだよ」
4,貧しい不信心者が邪神にひれ伏さぬよう小銭を恵んでやろうと、坊やは日々お菓子も食べずに過ごしました。
5,両親を心から愛し、自分に何か出来ることはないかと、朝に夕に訊ねておりました。
6,優しい善良な坊やでしたが、時に悪魔に誘惑されてしまうこともありました。けれどそんな時も、己の罪をひしひしと感じて、やがて心から悔いるのでした。
7.坊やが階上で一人跪いて祈る姿が、よく見受けられたものでした。
8,ある日曜日、氷滑りをしている男の子たちを見かけて寄って行き、「何と浅ましい、聖書も読まず安息日を無為に過ごすとは!」と窘めました。
9,妹のファニー・イライザをたいそう可愛がり、妹が癇癪を起こすたびに、この子の魂が果たして救われるだろうかと、深く憂うのでした。
10,書物に目を通しては、神の名が軽々しく触れられているたびに、念入りに塗り潰したものでした。
11,四歳になって五か月が過ぎたある冬の午後、坊やは自分のパンプディングを、恵まれない未亡人の許へ届けに出かけました。
12,帰り道、大きな黒雲が現われて、大粒の雹が激しく降ってきました。
13,その夜、坊やの喉が痛み出し、翌朝にはそれが命取りの病となっておりました。
14,今際の際に、「神様は僕を愛してくださり、僕の罪をすべて許してくださいました。僕は幸せです!」と坊やは言って、枕に頭を横たえたました。顔からは血の気が失せ、その身は二度と動きませんでした。
15,ヘンリー・クランプの小さな体は墓の中で土に還りましたが、魂は神の御許に昇って行きました。」

 これまでの柴田さんの訳は、我田引水的か、あるいはよく意味が分らないままに適当に訳してる印象があって好きになれなかったのだが、今回は特に難しい言葉もなかったのかまあまあの出来。
 それでも、“he fell back pale and still and dead”を「枕に頭を横たえたました。顔からは血の気が失せ、その身は二度と動きませんでした」なんて訳すのは粉飾のし過ぎだし、言語のテンポを無視してるなあと思う。「枕」なんて単語、どこにもないぞ。言語のムードはもっとあっさりと「坊やは青ざめて静かになって死にました」って感じじゃないのかね。

 それにしても、このヘンリー・クランプ坊や、側にいたら絶対ヤなやつだと思う。イラストを見れば分るが、両親は初めこそ坊やをニコニコと見つめているが、だんだん関わらなくなっていき、坊やが喉を押さえてても背中を見せて無視するようになるのである。消極的な子殺しの話ですな(^o^)。
 坊やの押しつけがましいところや説教グセ、妹を猫かわいがりするとことか寒さで死ぬとこなんか、やたらと宮澤賢治にイメージがかぶるんだが、敬虔な宗教者って、洋の東西を問わず似ちゃうものなんだろうなあ。「僕が死んだら、あの鳥のように天に昇るんだよ」って、ほかの人間は救われないってか。独善的なやつほど自分の独善性には気がつかないってことの典型である。
 結局これって、「宗教にハマったやつはさっさと神様に責任を取って引き取ってもらおう」って話じゃないのかね(^_^;)。でもこの絵本が秀逸なのは、宗教者自身がこれを読んだら、まず100%、「ああ、ステキな話だねえ」と勘違いするだろうってことだ。「いい人って早死にするものなのよねえ」とかなんとか言いながらな。
 まあ現世のことは悪人に任せて、いい人はどんどん天国に行って頂きたいものである(^o^)。


 昨日ツタヤで借りてきた1994年CX版『時をかける少女』を見る。
 今見るとキャストがすげえ豪華だ。

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10月25日(金)
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