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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ゴミとゴミとゴミの間に/『とむらい機関車』(大阪圭吉)ほか
 『リターナー』は、初めこそ好調だったものの、急激に失速して、20億の予定が13億に落ちこんだそうである。口コミがきかなかったんだろうなあ。やっぱ、あれを見たがるのは、カネシロが出てるんならなんでもいいって脳天気なねーちゃんと、ロリコンだけだろう(^o^)。まあ確かに私も美少女好きになら奨めるかもしれんが。


 大阪圭吉『とむらい機関車』(創元推理文庫・693円)。
 戦前、『新青年』各誌で活躍し、本格探偵小説の雄として評価されながら、応召され、1945年、ルソン島で病没した悲劇の探偵作家、大阪圭吉。
 とは言え、私はあまりこの人の作品をそれほど面白いとは思っていなかった。20年ほど以前に最初に読んだ『石塀幽霊』が、「まさかこんなチャチなトリックじゃないだろうな」と思っていたのがその通りだったからである。高校生にそう思わせるほどだから、ホントにおしまいそれをやっちゃあオシマイよ」的な「困った」トリックだったのである。
 この人の手持ちの探偵役は青山喬介という名前だが、これがまた明智小五郎や大心地先生、法水麟太郎、花堂弁護士、隼お秀といった戦前活躍した名探偵たちと比較して、無個性なことこの上ない。一応、その出自は第一作の『デパートの絞刑吏』に、「嘗ては某映画会社の異彩ある監督として特異な地位を占めてはいたが、日本のファンの一般的な趣向と会社の営利主義とに迎合する事が出来ず、映画界を隠退して、一個の自由研究家として静かな生活を送っていた」と紹介されている。
 なんとなく五所平之助あたりをモデルにしたのか、と思われるような記述である。これだけを読むとちょっと面白そうなんだが、残念ながらこの経歴が事件やその捜査において全く活用されない。あとの事件では、ファイロ・ヴァンス的衒学趣味を振り回すだけの、鼻持ちならない、定番の探偵像に成り下がっている。
 扱う事件もそれほど面白味がない。『デパートの絞刑吏』は、墜死した死体に無数の擦過傷があったのはなぜか? というのが謎なのだが、これは舞台となった場所を考えればすぐに判明する。やはりトリックとしてはイマイチである。
 ほかの作品も大同小異で、わずかに最後の事件である『あやつり裁判』が、異なる裁判に出没する謎の女の姿を、裁判所の廷丁(こづかい)の語りを通して軽妙な味わいで描出しているが、これとてもその結末はたいしたことがない。
 概して青山喬介シリーズ、面白くないのである。
 しかし、彼が登場しない『とむらい機関車』『雪解』『坑鬼』の三作には唸った。謎が提示され、それが合理的に解かれるという定番に則っているとは言いがたいが、粉飾の少ない文章の行間に漂う情感は後の松本清張に通じるものがあるのではないか。
 中でも『坑鬼』はまさしく本短編集中の白眉だろう。
 海底鉱山で起こった爆発事故。今しもそこで働いていた夫婦のうち、妻は命からがら坑から這い出たが、側に夫の姿がないことを知り愕然とする。しかし坑は監督たちの手によって、閉ざされてしまった後だった。
 その直後から起こる連続殺人。閉じ込められた男が生きていて、復讐を図ろうとしているのか?
 ドンデン返しにムリがなく、ラストシーンにもリアルな現実を背景に、なんとも言えぬ情感が漂っていて、一編の映画のようだ。掲載誌を見てみると、いつもの『新青年』ではなくて、『改造』。必ずしも探偵小説専門誌とは言えない同誌に執筆するにあたり、本格派としての気概を見せようと意気込んだものか。これだけの作家がたかが戦争のために露と消えたのかと思うと、残念で仕方がない。
 大阪圭吉が没してもうすぐ60年になる。しかし、彼の作品は文庫化され21世紀に蘇えった。戦前の幻の探偵作家たちの中には、まだまだ鉱脈が埋もれていると思うのである。

10月10日(木)
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