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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■変なビデオは買いません/映画『仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』ほか
 エンディングは懐かしの原田知世版『時をかける少女』を思い出させる「みんなで唄おうテーマソング」。っつーか、『ブルース・ブラザース』でもやってたんだけど、全く、こんなアホなエンディングを最初に思いついたのはいったい誰なんだろう。ともかく肩肘張らずに見られたんで、これで『龍騎』がつまんなくても1500円損した気にはならなくてすんだな、と覚悟はできた(^^)。


 一応の本命、映画『仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』。
 『クウガ』も『アギト』も、散々「仮面ライダーじゃないじゃん」と叩かれて来たけれど、『龍騎』を見たらまだしも前2作はまだまだ「仮面ライダーであった」と言えるんじゃないかな。「13人のライダー同士の戦い」という設定、真の敵が誰なのかもわからず、登場人物の一人一人が追いつめられて行く全く開放感のないストーリー展開、どれをとっても往年のシリーズのファンなら、噴飯ものとしか見えないだろう。
 しかし「仮面ライダーじゃないから」と否定するのは簡単なんだけれど、そうなると『カリオストロの城』も「あれはルパンじゃないから」、『ビューティフルドリーマー』も「あれはうる星じゃないから」と否定しなけりゃならなくなる。とりあえず「ライダー」という枠は気にせずに見ないと、バイアスがかかり過ぎてて、面白い部分を見逃すことになりかねない。要は「映画」として面白いかどうかだ。テレビシリーズ前に映画公開、というスタッフの勇気を称えて、今回は全てネタバレで感想を書くのでご注意。

 新登場の霧島美穂=仮面ライダーファム。演ずるはオタクアイドルの道を着実に進んでいる加藤夏希(さあ、次はウルトラマンとゴジラに出演だ!)。
 本映画のヒロインとして、充分な登場シーン、それなりの見せ場も与えられているのだが、もともと本作には既に何人かのヒロインがいる。それらのキャラクターとのドラマ上のバランスが難しい。群像劇として展開させるには、1時間半の上映時間はどうにも短く、どうしても駆け足的な展開にならざるをえない。しかもテレビと違ってせっかくのフィルム撮影だと言うのに、カメラも照明も、加藤夏希をどうしたら美しく撮れるかに全くと言っていいほど腐心していない。
 詐欺師の娘と、主人公・城戸真司(須賀貴匡)との恋を描くのに充分なエピソードもなく、ただ何も言わずに心が通い合うような泉鏡花の『外科室』的演出も演技もない。脚本、演技、演出、全てにおいて力足らず。いや、もちろん、スタッフは充分加藤夏希を、仮面ライダーファムを魅力的に描こうとは思っていたのだろう。リュウガに倒され、ビルの谷間の植込みで眠るように息を引き取り、道行く人は酔っ払いの行き倒れかと気にもせずに通り過ぎる。そういうシーンを見れば、ああ、スタッフはちゃんと彼女に「孤独」という名の幸せを与えてやりたかったんだなあ、と「気持ち」は伝わる。しかし、その画面に観客に訴えかける「力」がないのだ。演出の爪の甘さっていうかね、やっぱあれは表通りじゃなくて、誰も気づかない路地裏で死なせなきゃウソでしょ。ホームレスの爺さんならともかく、加藤夏希が倒れてりゃ、誰かが声をかけるって。描かなきゃならんのは「都会人の冷たさ」じゃなくて、「美穂の孤独」、引いては「ライダーたちの孤独」なんだから、焦点のズレた演出しちゃいかんよ。
 ……いや、別に加藤夏希だけじゃなくて、全体的な撮影の仕方自体、問題があるんだけどさ。それはもう、レイアウト、カメラアングル、カメラワーク、カット割り、その他もろもろの「技術の未熟さ」に起因するものなのであり、それらをいちいち挙げてったらキリがない。判断が難しいのはこれが手抜きや思いあがりの演出だったら私も「ふざけんな」と怒鳴りたいところだけど、「努力してるけど届かない」、要するに「実力不足」だから困るんである。えいくそ、オレに加藤夏希の出演シーンだけ脚本書きなおさせろ(←コレは思いあがり)。
 結局、後半神崎優衣(杉山彩乃)にヒロインの座を譲る(というか戻す)ために、途中退場させられる美穂がワリを食っちゃった感じなのだけれど、ほとんどチョイ役扱いになっちゃった桃井令子(久遠さやか)よりはマシか。


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09月22日(日)
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