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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■親しき仲ほど礼儀なし/『風の帰る場所』(宮崎駿)/『うっちゃれ五所瓦』1・2巻(なかいま強)ほか
それに、書き手はどんなにプライバシーを書きたててるように見えていても、それは文章化した時点でそれが自分のものでも他人のものでも客体化してしまっている場合が多い(そうでないやつも確かにいるが、文章に一家言のある者なら、そこはキチンとしているものである)。面白いのはあくまで出来事そのものなのであって、個人の人格まで面白がってるわけではないのだ。人のドジ話を笑ったりするのはたいていそんなものであろう。「アイツもバカだよな」と口にはするが、相手を個人的に嫌っているわけではない。それは文章を読めば見当がつくことだ。
他人のプライバシーを傷つけるべきではない、というのは確かに正論ではある。しかし、これを声高に言う人って、公的な部分までプライバシーに入れちゃう人、多いんだよねえ。『脱ゴーマニズム』の作者もそうだったけれど、小説や映画の批評や、役者の好き嫌い、時事評についてまで「悪口言うな」って文句つける人がいるのだ。自分が正論言ってるって思いこんでるから、現実的には頗る常軌を逸してることを言ってるってことに全く気がついてない。自意識過剰だから、まるで自分が責められているように錯覚してしまって、誰かが誰かを批判するという状況自体が許せなくなってるんだろう。
だいたい外国のプライバシーの感覚と、日本人の考えるそれとでは相当にその内容に差があるのである。日本人はやっぱりウチソトの意識で個人情報を判断してるんで、同じ情報でもウチの人間が語ると許されて、ソトの人間が語ると弾劾するのだ。自分勝手っつーか、サベツなんだけどな、それって。ウチの人の情報だからと思って面白がって喋ったら「親しき仲にも礼儀ありじゃないか」と言われたことないかね。もちろんそれはソトの人間として阻害されたってことなのである。
ま、そんなわけで、しげの職場の話はしげ自身が語らないと、私が語るとソトの人間が介入するってことになるから今回は遠慮しておく。……なんだかすっかり思わせぶりですまないねえ。
晩飯はまた「びっくりドンキー」。
しげのルンバルンバはもう定番である。
「あ、ここのハンバーグ、トッピングもできるんだ」
初めてそのことに気がついたので、目玉焼きとパイナップルを乗せてもらう。
しげ、「ハンバーグに果物って合うと?」と胡散臭そうに言う。
「合うも何も、たいていのソース類に果物は入ってるじゃん」
少なくとも、昔、牛乳とレモンを混ぜて「ヨーグルト」と称して飲ませようとした味覚音痴のしげに言われたくはないな。
金曜ロードショー、アニメ『ルパン三世 episode:0 ファーストコンタクト』。
毎年恒例のスペシャルだけれど、もうそろそろテレビシリーズのパート4を作ってくれないものかねえ。キャストの老齢化も激しいし、掉尾を飾る意味でも「最後の」テレビシリーズを望みたい。今回わざわざ「エピソード0」とまで銘打ったのは「仕切り直し」の意味が強いんだろう。これがテレビシリーズの布石、と考えるのは穿ち過ぎかな。
ルパンと次元、そしてもちろん不二子や五右衛門、銭形のとっつぁんとの出会いを描くという発想そのものは悪くはない。
なんだかルパン一味が馴れ合いのような関係になってる最近のシリーズのマンネリ化を打破するために、かつての緊張感溢れる関係を描くことは、一人一人のキャラクターにスポットを当てて掘り下げることになる。それは確かにある程度成功してはいる。
原作や旧シリーズとの違いには目をつぶろう。あくまで旧作に固執しては「エピソード0」自体が作れない(だってこの五人が同時に出会うなんてありえないから)。
ルパンを殺そうと狙い続ける次元、ハードなムードは一応出せている。ただ、なぜルパンに心酔するに至ったかの描写が弱い。それは不二子、五右衛門も同じで、敵がヨワっちぃせいで、彼らが結束しなければならない理由付け自体が弱くなってしまっているのだ。危機一髪を切り抜ける時の脚本、演出のアイデアが決定的に欠如している。
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07月26日(金)
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