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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■踊る大脂肪/映画『MIBU』/『ワイド版 風雲児たち』3・4・5巻(みなもと太郎)ほか
 さて、この『カビ人間』であるが、後藤ひろひと演出によるG2プロデュース公演、第3弾である。前作『こどもの一生』『人間風車』が面白かったし、今回は友人も出演しているので(多分そいつのせいでつまらなくなってるとは思うが)、ぜひ見に行きたかったのだが、九州公演は北九州は小倉、しかも平日にしか公演がなく、断念せざるを得なかった。それがここまでの酷評を受けたとなると、果たして「笑いとは何か」という、これも語りだしたらキリがない問題について考えざるを得なくなる。
 矢野さんが「舞台を創っている側も、享受する側も、本当に面白いものを知らないで過ごして来たことに対する、ごくごく素直な同情心が湧いてきた」と仰る感覚はわかる。自分の文章が「菊・吉爺い的な自慢話に堕ち」るんじゃないかと心配しつつも語らないではいられないその心情も。
 ただ、その「面白いもの」の例として挙げられているのが、1963年に自動車事故で物故した八波むと志の“舞台”なんだから、40代以下の人間は、困ってしまうのだ。だって「見てねーよ」としか答えられないんだから。私も「脱線トリオ」の記憶はほとんどない。これが映画なら、見てないのは若手の怠慢、「すみません」と謝らなきゃいけないんだけどね。
 それでも私は、戦前の軽演劇の残留をエノケン、ロッパや森繁久彌、三木のり平、渥美清といった人々の映画に触れていることで、矢野さんの言もさもありなん、と類推することができる。けれど、それすらもない若い人々にとっては、反感しか抱けないのではないか。どうかすると私の同世代の人々でさえ、彼らの芸に対してあまりに無頓着な暴言を吐くことが少なくないのだ。
 ナンシー関さんですら、森繁を「現在の視点」でしか論ずることができなかった。そりゃ確かに今あの人は老害を晒しているが、ナンシーさんの文章を読むと、昔からあの人がつまらなかったように錯覚する。橋田壽賀子は確かに昔からつまらなかったが、森繁さんは違うのだ。映画を見ない、舞台を見ないナンシーさんの批評の欠陥がそこに露呈している。
 同じように三木のり平を桃屋の江戸むらさきのCMでしか知らず、渥美清を寅さんでしか知らない人間に向かって何を言っても無駄だろう。知識の多寡ではない、芸に対する見方、笑いに対する感覚があまりに貧弱過ぎるのだ。「本当に面白いものに触れたことがない」と矢野さんは仰るが、果たして「本当に面白いもの」に触れてもその価値を見出せることができるかどうか。
 八波むと志さんは、私が子供のころに体験しなかった喜劇人の代表のような人である(ほかにもシミキンとか市村ブーちゃんとかいるけど)。その至芸は、同じ脱線トリオの由利徹に嫉妬を抱かせるほどで、ために脱線トリオは解散したとの説もある。映画にも出演しているが、主演は少ない。こないだ録画した『雲の上団子郎一座』に出演しているが、いつものことでビデオの山のどこに行ったかわからない。こんな日記書いてるヒマがあったら、探し出して見なきゃなあ(^_^;)。

 今号では、若手の役者、喜劇関係者たちに、「この人こそ喜劇王」という人の名を挙げてもらってるのだが、これが特集に迎合したかのような答弁ぶり。これが本当なら、喜劇界の将来も明るいのだが。

  いのうえひでのり→先代博多淡海
  市川染五郎→花菱アチャコ
  上杉祥三→花紀 京
  小松和重→周星馳(チャウ・シンチー)
  近藤良平→マイケル・ホイ
  春風亭昇太→渥美清
  鈴木聡→萩本欽一
  喰始→三木のり平
  原田宗典→ローワン・アトキンソン
  ブルースカイ→手塚とおる
  マギー(ジョビジョバ)→三木のり平
  松尾スズキ→ジム・キャリー
  松村武→ビンス・マクマホンJr.
  村上大樹→松尾スズキ
  八嶋智人→花紀 京


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07月19日(金)
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