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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■えすぽわ〜る、とれびや〜ん/『ブラックジャックによろしく』1・2巻(佐藤秀峰)/『アグネス仮面』2巻(ヒラマツ・ミノル)ほか
 実際、『トトロ』どころか、『カリオストロの城』のころから、テレビシリーズと声優を全部入れ替えたい、と大塚さんと宮崎さんが相談してたことは有名だ。石田太郎と島本須美だって、あの当時は声優としての認知度より、舞台俳優としてのキャリアを買われての起用だったろう。「声優離れ」は、宮崎さんの本質だとも言える。「なぜ声優は素人芸でも平気なのか」ではない。「声優の芸そのものが素人だ」と思ってるんである。

 ただし、こう書いているからと言って、私が宮崎駿を弁護していると思ってもらっちゃ困る。私はただ、岡田さんが「宮崎駿は言行不一致」と言っている点は違う、と指摘してるだけで、声優起用の仕方がデタラメじゃん、ということについては、その通りだと思っている。
 声優が決まりきった喋り方、固定されたイメージでしか喋れない、という批判は、当たっている面があるだろう。上手い声優は、役柄を変えれば全く別人の声のように聞こえる。例えば山寺宏一の演技には実際、私は舌を巻くことが多かったりする。しかし、ヘタな声優は何を演じても誰の声だか一発でわかってしまう。声質で聞き分けられるのではなく、演技の仕方が全く同じなのでそうなってしまうのだ。しかも、そんなド素人演技が、有名なベテランの声優にも結構多く見受けられる。
 だからと言って、全て声優を排除したキャスティングを行うというのはやりすぎではないか。黒澤明が『影武者』のキャストをオーディションで決めたときのように「プロアマを問わず」としたのならまだわかる。けれど、「声優は入れず、俳優と素人だけ」というのは、ただの差別にしかなってないのではないか。
 実は私は、糸井や立花がそんなに悪いとは思っていない。キャラクター自体がケレン味を必要としない、というより排除した設定になっているから、声優声優した演技は確かに向かないのである。逆に、一応はプロの役者、例えば『もののけ姫』の石田ゆり子、田中裕子、森繁久彌はいただけなかった。前の二人はキャラクターの持つ深みを表現するには演技が未熟過ぎていたし、森繁には申し訳ないが、さすがにトシを取り過ぎている。こんな素人役者に演技させるくらいなら、どうして声優を起用しなかったか、高山みなみじゃダメだったのか、榊原良子じゃダメだったのか、羽佐間道夫じゃダメだったのか、とどうしても思ってしまう。
 その点で言えば岡田さんの「どんなに『プロの声優』を侮辱し傷つけているのか。その結果、アニメ文化を自分自身で貶めていることが、宮崎さんにはわかっているのだろうか?」という指摘は全く正しい。素人をキャスティングしたっていい、舞台俳優を使ったっていい、要はそれが映画の完成度に貢献していればいいことなのだ。
 しかし、ここで宮崎さんを批判したところで、あの人が心を入れ替えるはずもない。恐らく、アニメ文化を自ら貶めて構わないと思うほどに、あの人の声優不信は大きく深いのだ。「アニメなんてなくなっていい」発言をしょっちゅう繰り返していることを考えれば、確信犯でやっていることは断定していいだろう。……もっとも、かつて山田康雄の手抜き&ヘボ演技につき合わされたことを思えば、それも仕方がないことかと納得してしまうが(山田さんが『ルパン』で手を抜いていたことは本人も宮崎さんたちに告白し謝罪している)。
 逆に、私が思うのは、声優たちはどうして宮崎さんに対して直接怒らないのかってことだ。更に言えば、どうして「私を使ってくれ」と売り込もうとしないのか。宮崎さんは堂々と声優差別をしてるんである。その偏見を打破しようという声優がただの一人も出て来ないというのは、自ら「私たち声優はフツーの俳優より格が下でございます」と認めていることになるのだぞ。
 『耳をすませば』を見ればわかる。宮崎さんは「好きだ」程度の告白じゃダメで、「結婚しよう!」と言わないと人として認めないのである。多分、宮崎さん自身も、声優を外したけれどもこのキャスティングは失敗した、と思ってる面はあると思う。だからこそ、今、声優はもっと自己主張していいと思うのだ。宮崎駿を一番「神様」に祭り上げてるのは、沈黙している声優たちじゃないのか。


 DVD『必殺必中仕事屋稼業』、昨日途中まで見てた2話を見返し、3話まで。

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07月08日(月)
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