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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■野良犬は革命ごっこの夢を見るか/映画『血とバラ』
私は「押井さんらしさ」が出ている「絵」と言われると、『御先祖様万々歳』や『パトレイバー2』他でも頻繁に使う「凸レンズ越しの映像」が真っ先に思い浮かぶんだが、あれは「圧倒的にカッコいい!」かね。覗いてる方が実は覗かれてて(映画の中での役者と観客との関係が置換される)そのおかしな姿が曝け出されてる状況が面白いのである。そういうのって、どっちかっつーと、「適度にダサくて情けない」からイイと思うんだけどね。
だから、『攻殻』のSEが「ガシャコーン」でも一向に構わない(もっとも私には「チュイーン」と聞こえるけど)。いや、「ガシャコーン」のほうがずっといい。押井作品ではリアルに見えるもの全てが実は現実じゃなくて、寓意なんだから。でなきゃ、それこそ近未来SFのテーマソングに「祝詞」なんて古臭いモノを使うわけないし。
押井さん自身が巧む、あるいは巧まざるに関わらず、押井作品においては、現実との「違和感」はあったほうがいいんである。
>「これは個人的な好き嫌いになるけど、押井作品の小児的なところは苦手だ。
たとえば『パトレイバー2』というアニメ。
映像は素晴らしい。もうセルアニメの頂点じゃないか,と思う。
しかしシナリオというかキャラクター造型がいただけない。柘植という登場人物は映画冒頭、『部下を見殺しにしなければいけなかった』という事件で、心に傷を負う。しかし彼は『日本に復讐する』なる心情的というかロマンチックな革命ごっこを実行し、当然ながらそれは破綻して逮捕される。行動原理がダダっ子というか、全共闘世代特有の『甘え』に満ちているので、僕は感情移入できなかったのだ。
(彼の主張を良し、とできるなら、上層部の理不尽な命令でリストラをしている人事課長には,すべてテロルの権利があることになる。バカな。甘えるのもいいかげんにしなさい。こういう理屈をこねるヤカラと、それに同調する自称『弱者の味方』があんがい多いから、ゆうきまさみ版『パトレイバー』では、内海課長は倒れなければならなかったんだけどね)」
柘植、主役じゃないから感情移入できないって言われてもなあ。
だいたい「小児的」だからこそクーデターなんてことを起こすわけで、そんなこたー、三島由紀夫や麻原彰晃を見てればよく分る。
この雑然としていて混乱の象徴でもある東京って街を、いっぺんぶっ壊してみたいってのは、多分いろんな人が思ってることで、それは例えば怪獣映画という形になって表れているわけだ。『ガメラ』シリーズの脚本家である伊藤和典さんは、『パト2』を明らかに「怪獣のでない怪獣映画」として構成している。
東京を破壊したい。
破壊できるものがあるとすればそれは自衛隊である。
自衛隊にクーデターを起こさせる動機はなにか。
そう考えていった結果があの動機なわけで、脚本としては全く問題がない。
もっとも、この部分の感想は岡田さんも「個人的な意見」と断ってるから、物語上の人物造型としてはあれでいいってことはご理解されているのだろう。
確かに感情だけで言えば、私も「南雲さん、アンタ男を見る目ないよ、柘植見たいなバカより後藤さんのほうがよっぽどイイじゃん」と言いたくなるけどね。もっとも「南雲さんに男を見る目がない」というのも、設定にあることだから仕方がないんだけど。
だからあの映画は後藤さんと荒川さんを見て楽しまなきゃ(^^)。
>「僕の感じる違和感は『なんか尾崎豊みたいでイヤ』、といえばわかってもらえるだろうか。
『中間管理職の恨みをロマンチックな革命ごっこでウサ晴らし』、というのと、『管理社会が嫌だからといって、夜に校舎の窓ガラスを割る』というのは、同種の小児的甘えである。熱狂的な『信者』が多いのも共通している。
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06月07日(金)
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