ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491726hit]

■ハコの中の失楽/『KATSU!』3巻(あだち充)/『アリソン』(時雨沢恵一)ほか
 「やっぱり女は男に勝てないのかな」なんて陳腐なセリフが出て来ないことを期待したいな。


 時雨沢恵一『アリソン』(メディアワークス/電撃文庫・640円)。
 『キノの旅』シリーズの作者の初の長編。
 寓話的な短編しか読んだことがなかったから、長編を書ける力量があるかどうかがこの作品で問われた形になってるけど、及第点ってとこじゃないかな。
 これも基本設定は『キノの旅』と同じく、構築された架空世界の設定は多分に「寓話」的である。
 一つの大陸、川で分けられた二つの国、いつ、なぜ始まったかも分らない、長い長い戦争。
 とりあえず「今」、二つの国は「休戦」状態にある。
 この設定にアメリカとソ連の「冷戦」を連想しても構わないけれど、別にそれと限定する必要もない。そういうものをひっくるめた「二つの国」の対立の図式を表してると考えて読んでおけば充分だろう。
 二つの国、東のロクシェと西のスー・ベー・イル。
 お互いの国は、部分的にではあるけれども、交流を持とうという動きがないわけではない。けれど、それを快く思わない人々もいて、決して全てが平和に向かっているわけでもない。
 ヴィルとアリソンは東の国、ロクシェの軍人である。
 と言っても年はまだ17。
 ある時、二人はホラ吹きで有名な老人から、「戦争を終わらせることができる宝」の話を聞く。
 そんな与太話、とまるで本気にしなかった二人だったけれど、この老人が西のスパイらしき怪しい男たちに誘拐されたことを知って、老人の話に小さいが確かな真実を感じはじめる。二人は西に潜入して老人を救出することを決意して、複葉機に乗りこみ、西を目指すが……。

 アリソンというヒロインの造型はさほど目新しいものではない。
 冒険心に富む、と言えば聞こえはいいが、要するに昔ながらの「お転婆」である。ナウシカにジムシーを混ぜた感じか(エライ譬えやな)。
 けれど、確かに猪突猛進的な行動を取って相棒のヴィルを振りまわしてはいるけれど、必ずしも向こう見ずな行動ばかり取っているわけではなく、飛行機乗りとしては実に優秀、という設定も付け加えられている。
 それを単にコトバで説明するだけでなく、空中戦の描写を通して描いているところに説得力がある。
 小説でこれだけ空中戦の描写に躍動感を持たすことができていれば、充分作家としての力量があると判断して差し支えないと思う。

 結末というか、「宝」の正体が本当に「戦争を終わらせることができるもの」であったかどうか、厳密に考えると疑問に思えなくもないが、これもまた一つの「寓話」なので、「理想的に過ぎる」と批判するのはやや的外れであろう。
 戦争の原因なんて、実はたいていがつまらぬ誤解と行き違いに過ぎないという意味を読み取ることができれば、この結末で充分なのではないだろうか。
 現実の戦争の当事者たちはその「誤解」すら認めようとはしない。
 だから戦争が尽きることはない。それが現実だ。
 けれど、「寓話」に現実を求めることは野暮というものだろう。
 『キノの旅』の短編の中にはハッピーエンドのものもあればそうでないもの、どっちだか分らないものといろいろ取り揃えてあったが、初の長編のラストにハッピーエンドと言えるものを用意したことは悪くない判断だったと思う。
 オチについては書かないけれど、「こううまくは行かないよな」と思いつつも「もしかしたらこんなふうにいつかは平和に」という希望が感じられる程度の説得力はある。
 決して全てが順風満帆に行くわけではない。
 やはり、「平和」には血も伴うのだ、という冷徹な事実だけは押さえているから。

05月21日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る