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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタクによるオタク否定/アニメ『ヒカルの碁』第二十七局/『学校って、なんだろう』(産経新聞)
夜、春風亭昇輔師匠から再びストラップについての問い合わせの電話あり。
うわあ、本当にご丁寧な方だなあ、正直言って頭が下がる(^_^;)。
もちろん、注文を受けているわけだから、確認をするというのは、当たり前の行為ではあるのだが、その当たり前ができない人間ってのが現実には多いのだよね。
私もそうだが(墓穴掘り)。
今日はしげ、在宅していたので、電話のベルが鳴った途端、「受話器取れよ」と言ったのだが、照れてるのか「アンタが出て」、と私に仲介させようとする。
そんなとこまで面倒見きれるか、人見知りにもほどがあるってもんである。
そう思って、ムリヤリ受話器を取らせる。
しげはもう、電話口での声が3オクターブくらい上がって興奮状態。
こういう時のしげの声って、ホントに声だけ聞くとすっげーかわいいのな。日頃私と喋るときはふてくされてドスの効いたヤクザ口調だってえのに。この声のせいで「有久さんの奥さんはすごくかわいいらしい」と誤解されたことがどれだけあったか。
ただのアホだよ、こいつは。
しげ、誰でもうっかりやっちゃうことだが、電話の相手に向かって「よろしくお願いします」とか言いながらアタマを下げている。
だから見えないっつーの(^w^)。
考えてみたら、しげはトンデモナイ悪筆なんである。「これこれこう、ストラップに書いてくれ」と書いて注文はしたんだろうけど、多分、「この字、なんて読むの?」と、困惑されたのではないか。
確認の電話をしたくなる気持ちもわかる。
実は、送ったファックスの字が読めなくて、ソルボンヌK子さんからも「なんて書けばいいの?」、と、問い合わせてきていたのだ。
そのファックスも見せてもらったが、「Dan Aykroid」という文字が、「Dan Aソkvoid」に見える。ムッシュもキツイおヒトのようで、「これ英語?」とか書いてるし(^_^;)。
そういえば、昔、しげが友達に送った手紙で、私のことを「太ってる」と書いてたけど、その字がどう見ても「たってる」にしか見えなかったな(確かに「た」は「太」の草書体だけど)。
どこが立ってんだよ、オレの(-_-;)。
日ペンの美子ちゃんに字を習え。
産経新聞「じゅくーる」取材班『学校って、なんだろう』(新潮文庫・500円)。
最近、教育関係の本によく目を通すようになってるけど、そりゃもうなんてったって、「学校五日制」なんて教育改革の大転換の時期に偶然巡り会えたからであってね。もともと私ゃ教育のことになんて全く関心がないの。
私が「国を憂えてるんじゃないか」なんてヘンな邪推は、決してなさらぬよう、読者のみなさまにはお願いいたします。
歴史の真実を追い求める気なんて私にゃサラサラない。
というか「真実」なんてものはハナからないと思ってる。私が興味持ってるのは、常に「時代の様相」。あるいはヒトの生きざまなのだな。
正しいか正しくないかなんて、歴史だって証明できないよ。我々にわかることって、せいぜい「あのころはこうだった」という個人の見方の集積を確認するだけ。
その「集積」が時には一つの潮流を作ることがある。それに「歴史」という名前が与えられて記録されることもある。でもそれは決して「全体」になることはない。
「学校五日制」。
国の制度である以上、この「流れ」は「全体」であるように見える。けれど、その意味の捉え方がこんなに個々人間で乖離している現象って、おもしろくないか?
この本、平成8年に連載されたものの文庫化だけど、その後の変化なども大量に注として加筆してある。まさしく「教育の今」を問うている本なわけだ。
ここでは、現在の教育現場での苦悩を紹介しながら、たびたび「学校はその役割を終えたのか?」という提言がなされている。
ある学校はフリースクール化することで、不登校の生徒たちを受け入れようとする。
またある学校は、社会人として生活できるよう、学校の形態は変えないまま、生徒を学校に戻そうとする。
でも、その正反対のどちらも、「提言」に対する「答え」にはなっていないのではないか?
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04月17日(水)
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