ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491684hit]

■餃子、餃子、餃子〜、餃子を食べぇよおー♪/『真・無責任艦長タイラーD 復活編』(吉岡平)/『東西奇ッ怪紳士録』(水木しげる)ほか
 それはそうと、ユーミとエィミィが出て来た途端、私のアタマの中には、「かないみか」さんの声がポン、と出てきてしまった。どうしてもアニメにイメージが引きずられてるんだよなあ。アザリンは当然、笠原弘子だし。だからアザリンちゃんがタイラーに一糸纏わぬ姿でせまるシーンなんか、どうしても笠原弘子の声がダブって……ああ、イカンイカン、また妄想が。 


 マンガ、藤島康介『ああっ女神さまっ』23巻(講談社・460円)。
 ずいぶん前に買ってたんだけど、すっかり本の山の中に埋もれてて、読み忘れてた。
 螢一のとうちゃん&かあちゃんの登場だけれど、息子や娘に、桂馬さん・鷹乃さんと呼ばせる親ってのもちょっとなあ。
 「肩書きで呼び合うほうが個人の人格を認めていないみたいでいやだ」という理屈は、一応理解はできなくはないが、ムカッとくる読者もいるんじゃないかな。たいていの家庭じゃ「とうさんかあさん」と呼ばせてるんだろうから、これ、結果的にそういう家庭をバカにしてることになってんだけどね。
 もっとも、『女神さま』の作者も読者もそんなことに気がついてないってことなのかもしれんが(←おまえが一番バカにしとるわ)。
 そういう家庭環境を出すのならそれはそれでかまわんのだが、あまり簡単に「理由」を語らせるべきじゃないのだ。螢一自身がそういうバカなキャラクターだって思われるぞ。


 マンガ、和田慎二『ピグマリオ』8巻(メディアファクトリー・819円)。
 クルトの母は実は……というのが今回解ったヒミツ。
 ……ならガラティア母さんは? 
 実は同一人物とか、光の面と闇の面とか、生き分れの姉妹で子供を取りかえっことか、まあいろいろ理由はこじつけられそうだな。なんだかファンタジーというより、新派の田舎芝居みたいになりそうだけど。
 もしかして和田慎二、その場その場の思いつきで設定考えてないか? アスナスはどんどんマザコン野郎になってくし、マリウスはまんま十三代石川五右衛門になっちゃってるし。どう収集つけるつもりなんだか。
 新しく出て来たメデューサの三姉弟も、いかにもザコキャラっぽい。
 つーか、和田さんのマンガの弱点は、心底怖い敵を造型する筆力がないところなんだけど。おかげでどんなにクルトが敵に苦しめられても「こんなチンピラに主役がやられるわけないよな」という感想の方が先に立っちゃうのだ。
 しかも今度の敵、「天空の城」だと。
 ……ああ、なんて貧困なイメージ。それをまた大仰に描くからますます白ける。もう少しオリジナルなアイデアってものがこの人にはないのか。
 せめて、「ピグマリオ」の謎だけはキチンと解いてほしいもんだけどねえ。


 マンガ、水木しげる『東西奇ッ怪紳士録』(小学館文庫・750円)。
 奇人伝、というヒソカなジャンルがある。
 いや、ヒソカというわけではないが、歴史のオモテに華やかに登場してくるわけではないが、そのヒトの珍妙な性格や奇行などが自然、世間の言の葉に乗って、風評として伝わる。それを収集したものと言えばよかろうか。
 この発想は、おそらく司馬遷の『史記』の『列伝』あたりから、連綿と続いている伝統でもある。王侯貴族のような著名人よりも名もない人物にこそ目を注ぐ、対象は哲人・賢人である場合もあるし、ただの刺客である場合もある。風評がもとになっているためにその姿は虚実皮膜、しかしだからこそ面白い。たとえ虚偽が混じっていようが、「彼はこれこれしかじかな人物である」と世間が思いたい「理想の姿」がそこには描かれているのだ。
 それを確かめていく行為は、まさしく、民俗学や考現学や“裏”モノ見聞にも通じるものであり、唐沢俊一氏が『すごいけど変な人×13』を書かれたのも宜なるかな、であるわけだ。

 奇人、奇人を呼ぶ。
 水木しげると言う当代随一の奇人による奇人伝、これまでにも南方熊楠などを取り上げていた氏であるが、ついにと言うか当然と言うかようやくと言うか、本格的に奇人伝に乗り出したのが本書。これが現在の『神秘家列伝』につながるわけである。


[5]続きを読む

02月01日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る