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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタクのハマリ道/アニメ『七人のナナ』第3話/『山本弘のハマリもの』(山本弘)ほか
 要はものを見る目、つまりは自らの「判断」に従って生きるかどうかだ。
 そうわかっていても、自分の「知識」や「判断」を人に披露するというのはかなり勇気が要る。どんな批判・ツッコミがあるかどうか分らないからだ。
 「知ったかぶりやがって、こんなところがオマエにはわかってないじゃないか」とか。
 でも、もちろん、そういうことを恐れていて、「語る」という行為、引いてはコミュニケーションが成り立つはずもない。勇気を奮い起こしてオタクは自らを語って行かねばならない。

 なんでこんなこといちいち書いてったかというと、この本、随所に「間違い」「勘違い」じゃないかと思われる表現が散見しているからだ。
 日頃、山本会長のトンデモ本批判を憎らしげに思ってる連中にしてみたら、ツッコミどころ満載のこれは、格好のターゲットになるのではないか。
 それをここで指摘するのは簡単だ。けれど、その場合、単なる揚げ足取りではないことを示さねば、個人が「語る」ことを封殺しようというファシスティックな行為と何ら変わりはあるまい。

 一例を挙げると、『悪魔の人形/THE DEVIL DOLL』の項目で、「二体の人形がテーブルの上でダンスを踊るシーン。踊る役者の姿をテーブルの上に合成してあるんだけど、何がすごいって、テーブルの表面がつるつるで、人形の姿がちゃんと反射して映ってるんである。どうやって合成したの、これ!? 分からん!」と書いてあるのだが、「あれ?」と思った方も読者の中にいるのではないか。
 私はこの映画見てないんだが、同じトッド・ブラウニング監督の『魔人ドラキュラ』や『フリークス』を見る限り、合成のような特撮技術は当時ほとんど使われていない。
 これ、単に巨大なテーブルをセットで作っただけじゃないのか。だったら姿が反射してても全然不思議じゃない。
 それとも「合成」だとわかる明確な要因でもあったのだろうか。
 その実体と反射の姿がズレてるとか。でもだとしたらそれは技術的にはたいしたことないってことにならんか。
 説明が不足しているせいで、山本さんの言いたい「すごさ」がこちらに伝わってきていない。

 つまり、ネタが多すぎて、一つ一つの印象がかえって薄まってしまっているのである。
 「戦隊サブタイトル文字数の法則」などはまあまあうデータが多めに紹介されているために「なるほど」と思わせるものがあるが、「NHK教育番組ウォッチング」などは、タイトルとあらすじだけの紹介で物足りない。スチール一つ載ってないし(転載許可が降りなかったのかもしれないけれど)。
 山本さんもそれを自覚しているのか、コラムの最後で、教育テレビの内容紹介をしているサイトのアドレスを参考に挙げている。でも、そういう他力本願な行為って、「ああ、そんなにおもしろい番組があるなら、私も見てみたいぞ!」という読者の気持ちをかえって萎えさせはしないか。

 私自身、ダラダラと下手な文章を書き散らして、「こんなモノがあるよ!」と紹介しながら気づいたことなのだが、「あたり障りのない文章」というのは、人に訴えかける力がないのである。
 「この本(あるいは映画など)、いいとこもあるけど悪いとこもあるしまあまあかな」と思ったとしても、そのことをそのまま書いたって、人は「まあまあの本か」としか思わないし、手には絶対取らない。
 ある意味、誉める作品は徹底的に誉める。
 貶すものはとことんまで叩きのめす。
 他人と意見が全く違っていてもかまわない。そのバトル自体が、作品自体の「強さ」の証明なのだ。……オタクの本とはそうでなければなるまい。


 マンガ、椎名高志『MISTERジパング』8巻(完結/小学館・410円)。
 途中をぽーんとすっ飛ばしていきなり本能寺。
 もちろんその前に本筋は一応終わっているわけで、破綻のないところに着地して、一応のまとまりはついたと言えなくもない。
 まあ、このマンガの秀吉が、朝鮮出兵したりするような秀吉になるはずもないとは思ったけれど、正直なところ、パラレルワールドネタを余り安易に使ってほしくなかった。

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01月24日(木)
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