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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■先陣争い雪隠の役/『雪の峠・剣の舞』(岩明均)ほか
『七人の侍』の冒頭、志村喬が扮する勘兵衛が、剃髪し、坊主に扮装して盗賊に人質にされた子供を助けるエピソードがある。あれは黒澤明の創作ではなく、このマンガにも登場する、剣聖・上泉伊勢守の話だということだ。
ほぼ史実に忠実に描かれた『雪の峠』と違い、本作は、伊勢守の弟子、一説によればその剣技は伊勢守を越えていたとも言われる疋田文五郎の過去を、榛名(はるな)という少女を主人公にして創作している。
戦乱の中、野武士に家族を殺され、凌辱された榛名は、復讐を誓って、疋田文五郎の弟子になる。
つらい過去を持ちながら、普段の榛名はどこか茫洋としていて(このへんは「風子」以来の岩明ヒロインの定番だ)、文五郎は彼女に剣術を教えながら心が和むのを覚えていく。
しかし、その結末は……。
その後、文五郎と柳生石舟斎とが立会いを行ったエピソードは、いかにも創作っぽいが、どうやら史実であるらしい。私はこの話を池波正太郎の伝記小説で読んでいたのだが、それによると実際には石舟斎は伊勢守とも立ち会っていたらしい。もちろん、負けたのは石舟斎のほうである。
だから、そのときの文五郎の心情がマンガに描かれていたものとは違っていたことは明らかなのだが、「時代小説」というのはもちろん、史実を再現することに目的があるのではない。
剣豪小説はつまるところ、作者の考える「剣」の意義を表すものだ。
一応、伊勢守が目指したのは人を殺す殺人剣ではなく、「活人剣」であったと言われる。だからこそ怪我をさせぬための「竹刀」も伊勢守は発明した。
しかし、文五郎はどうであったか。
伊勢守の一番弟子でありながら、奥義を授けられたのは石舟斎であったのだ。そこに岩明さんは、自分の考える「剣」とは何かを創作する余地を見たのではないか。
文五郎は言う。
「遊び」だと。
そして、岩明さんの描く文五郎は、恐らく死ぬまで「遊ぶ」ことしかせず、「真剣」になることはないのだろう。
剣の道など「たかが知れてる」のだから。
01月11日(金)
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