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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■多分初雪/映画『大菩薩峠』(岡本喜八監督版)ほか
 スタッフのインタビュー記事も楽しいが(CGI担当の坂美佐子が「三池監督の映画は好きじゃない」と堂々と言い放ってる大らかさがヨイ)、目玉なのは巻末の単行本未収録の『殺し屋1 誕生篇』。
 イチの「暴力でしかイケない男」に対して、殺し屋組織の女スカウトが登場しているのだけれど、これがまた「痛めつけられないとイケない女」(^_^;)。……なんだかここまでトホホな設定を堂々と展開されると、それだけで楽しくなっちゃうね。
 

 CS時代劇チャンネルで、『大菩薩峠』(仲代達矢主演/岡本喜八監督/宝塚映画/1966年)を見る。
 細かく書いておかないといけないのは、もちろん『大菩薩峠』の映画化には、他にも有名なのがいくつもあるからだ。
 最初の映画化、大河内伝次郎主演、稲垣浩監督の1935年日活製作版は見ていないが、1957年からの東映製作、片岡千恵蔵主演、内田吐夢監督版三部作と、1960年からの大映製作、市川雷蔵主演、三隅研次監督版は見て、片岡千恵蔵、机龍之助やるにはデブすぎ、とか思ってたもんだった(新国劇の緒形拳版もあったな)。
 原作は中里介山の大長編小説。山岡荘八の『徳川家康』、栗本薫の『グイン・サーガ』がその分量で凌駕するまで、日本で最長を誇っていた作品だ。しかも、この大長編で作者は単なる時代劇を超えた、この世で流転する人間曼陀羅を描こうとしてたってんだから、根性が座っている。しかも、書ききれなくて途中で作者死ぬし(^_^;)。
 物語の冒頭、大菩薩峠で老巡礼を意味もなく惨殺する無明の剣士、机龍之助のイメージは、後の眠狂四郎にも多大な影響を与えた。市川雷蔵がその両者を演じていることは奇縁でもあろう。実際、何の動揺も見せずに巡礼を切るシーンは、初めて見たときには戦慄すら感じた。
 だからこそ、私は机龍之助の決定版は市川雷蔵だと思っていたのだ。
 アルチザン・岡本喜八が、既に「決定版」のある『大菩薩峠』に、どのように色をつけてくれるのか、それを期待して見てみると……。
 まず驚いたのは、「色」がついていない(^_^;)。
 内田版、三隅版がカラー映画、特に内田版はその極彩色の映像美が高く評価されていたのに、あえてモノクロ映像で挑んだその勇気。……でも、思うんだけど、時代劇って、やっぱりモノクロが一番合ってると思うんだけどね。
 『侍』の雪の桜田門外のシーンでも思ったことだけれど、血の色の赤はモノクロ映像だと漆黒となる。これはそのまま「闇」の暗喩となるのだ。映像はナマのものをそのまま映し出すものではなく、そこに様々な寓意を付与させていくものである。その点、『大菩薩峠』にはモノクロ映像が合う、と提示して見せた岡本監督の判断は、正しかったと言えるのではないか。
 しかも、仲代達矢の机龍之助は、「迷いながら」、巡礼を斬るのだ。
 仲代の見開いた目、震える頬がそれを表している。
 龍之助の剣が、闇に落ちていく描写は過去の作品にもあったが、それは彼がお浜と幾太郎という妻子を失ってからのことだ。こんな早い段階で、それこそ本性的な無明を龍之助が抱えていると描写したのは、岡本喜八が初めてであろう。
 あの長大な原作をどうまとめるかと思っていたら、途中を大胆にカットして、それまでの映画が三部作で描いていたところまで、一気に見せる(それでも原作26巻中、たった2巻分の映画化)。
 その分、龍之助を仇と狙う宇津木兵馬の描写がやや淡白になった印象はあるけれど、ラストの大殺陣は他の映画化にはない大迫力である。
 それにしても、今見るとこの映画、超豪華なキャストだ。東宝が最も意気軒昂だった時代に作られた幸運に感謝しなければなるまい。見てるだけで嬉しくなってくるので、知らない人のために、その一部をちょっと紹介します。

 机龍之助 .......  仲代達矢
 お浜 ...........  新珠三千代
 お松 ...........  内藤洋子
 お松の祖父 .....  藤原釜足
 宇津木兵馬 .....  加山雄三
 宇津木文之丞 ...  中谷一郎
 裏宿の七兵衛 ...  西村 晃
 与八 ...........  小川安三
 机 弾正 .......  香川良介
 お絹 ...........  川口敦子
 やくざの浅吉 ...  田中邦衛

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01月09日(水)
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