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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ココロはいつもすれ違い/『女王の百年密室』(森博嗣・スズキユカ)
仕事が本格的に再開したってのに、鬱、またぶり返す。
思い出さなければ鬱にもなりようがないのだが、思い出してしまうものは仕方がない。思い出すことで自身のアイデンティティも形成されるのであるから、鬱もまた自分が自分である証拠だ。
でも、こう鬱が続くと、自分がなんで鬱になってしまったのか、その原因の部分を忘れてたりもしてるんで、あまりアイデンティティの確立とは関係なくなっちゃってるんである。
バカだね、どうも。
しげから、「今日は練習があるから、迎えに来れないかもしれない」と聞いていたので、夕方、仕事が終わるとさっさとタクシーで帰る。
帰宅してみるとやっぱりしげはお出掛け中。
念のため、携帯に連絡を入れてみるが、つながらないので、「帰ったよ」とメッセージだけ入れておく。
あとでしげから聞いたのだが、このとき実は、しげは鴉丸嬢と一緒に、私の職場まで迎えに来ていたらしい。
「“KC”(鴉丸穣は私のことをこう呼ぶのである。高峰か)を迎えに行くなら、ついでに其ノ他くんちにも寄って(はあと)」と鴉丸嬢が言うので、回ってきたのだとか(其ノ他くんのうちは、私の職場の近くにあるのである)。
携帯に連絡を入れた時はたまたま移動中だったそうで、ちょうどすれ違った格好になってしまった。
二人して、待たされたウラミで散々私の悪口を言ったらしいが、しげの場合、「迎えに来れない(かもしれない)」と言って、「やっぱり来れたよ!」という例が今までに一度もないのだから、そんな不透明な言質を信用しないのも、私にしてみれば当然なことだ。
第一、今日だって、鴉丸嬢が一緒じゃなかったら、しげが迎えに来なかったことは火を見るより明らかなことなんだから。
けれど、実際、鬱で体調も壊しかけているので、二人に付きあって其ノ他くんちまで行かなくてよかった。あまりセルフコントロールができない状態で人と会うと、相手をつい不快な気分にさせかねないからだ。
ともかく夕方を過ぎたばかりだけれど、目を明けてられないくらいに疲れてたので、ともかくぐったりと寝る。
夜になって起き出して、マンガなどパラ読み。
ちょっと小説の類が最近読む時間が取れなくなってきていて、活字にも飢えてるんだが、日記の更新にやたらと時間がかかって、まとまった時間が取れなくなっているのだ。
……だから10行ぐらいで日記を書いちゃえってば。
マンガ、森博嗣原作、スズキユカ漫画『女王の百年密室』(幻冬舎・735円)。
小説版はまだ単行本しかないので、文庫になるのを待とう、と思ってたら、先にマンガ版が出やがった。
森ミステリを認める人、否定する人、それぞれに言い分はあろうが、否定派の批評の大半が、「本格のフリして本格でない」「トリックがチャチ」「トリックがインチキ」とか、そういう「マットウな」批評だったりする。
しかし、そのあくまで「本格」に依拠した批評は、果たして本当に森ミステリに対して有効なのだろうか。
『冷たい密室と博士たち』でも犀川創平が言明していた通り、例えば「密室を作る方法」などは、「どうにでもなる」のである。これだけ科学技術が進歩している現在なら、一般の読者が知らないような専門技術を駆使したトリックで不可能犯罪を構築することも可能であろう。いったん、そういうことを考え出すと、読者の裏を掻くトリックの案出など実に容易だ。だからこそ新本格の作家たちは、旧態依然と言われようと、「外界から閉ざされ」、科学技術も捜査も及ばない「雪の山荘」モノに固執していたのである(たいてい、携帯電話は「圏外」だ)。
そういう特殊な設定にしないと、現代、あるいは未来のミステリは、その謎を解明しようとする試みどころか、「謎」自体が成立しなくなる。すべてが「無意味」だということにもなりかねない。
森ミステリは、まず、そこを突き抜けたのだ。
トリックなどはどうでもいい。
では何が森ミステリの謎であるのか。
それは、「彼は何者か」ということである。
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01月08日(火)
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