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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■また書く原稿が増えそう(^_^;)。/『時をきざむ潮』(藤本泉)ほか
「置くとこないから置かせといてよ。枕にしたっていいからさ」
なんとなく不満そうな顔でしげはこっちを向いていたが、おもむろに、「毛抜き取って」と言い出した。
何をするかと思ったら、私のカバンを脇息にして、いきなりムダ毛の手入れを始めたのだ。
「おいコラ!」
「なに!」
「オレのカバンを脇に挟むな! 匂いが移るだろうが!」
「移らんよ。ワキ臭くないもん」
「移る!」
「移らんてば! さっきお風呂に入ったばかりだもん!」
「汗が滲み出してくるだろ! ええいどけい!」
むりやりカバンを引ったくってニオイを嗅いだらやっぱりクサイ! 悶絶する私を見てしげはケタケタ笑っている。そのときになって私はようやくしげの策略に引っかかったことに気付いたのだった。
ああ、居間のニオイの性で頭痛が……(+o+)。
藤本泉『時をきざむ潮』(江戸川乱歩賞全集11/講談社文庫・1250円)。
現在ヨーロッパで失踪中の藤本泉。
作品を読むのは初めてだが、その奇矯な人となりについては以前から興味があった。
幼いころを東海地方の山村で過ごしたことがその人格形成に多大な影響を与えたらしい。土俗的な伝奇ミステリー「エゾ共和国」五部作は、中央の支配に未だ染まらぬ東北の民人たちを巡る事件の数々を物語ったもの。
彼女の特異な取材方法は、その土地を舞台にした小説を書くために、実際にその土地に数ヶ月から数年に渡って移住するという、徹底した現地主義を取ることだった。行方不明になったのも、一説にはヨーロッパの少数民族問題を取材中に秘密警察に捕らえられ、処刑されたとマコトシヤカに言われている。
……なんだかその経歴を知るだけで、どんな作品を書く人なのか知りたくなってしまうじゃないの。
で、読んだ感想なんだけど、期待して読んだだけに肩透かしの感は否めなかった。
乱歩賞の選評にもあったが、「文章は抜群にうまく、人物も魅力的に描かれているが、推理小説としては弱い」というのが一貫した意見のようだった。
探偵小説芸術論じゃないけど、「ミステリとしてはよいが人間が描けていない」「人間は描けていないがミステリとしてはよい」なんて批評をよく耳にする。
でもまあ、こんな批評の形をなしていない言質を用いる作家は、不遜な言い方ではあるが基本的に三流だと私は思っている。
また、「ミステリが人間を描く必要があるのか」という島田荘司以下の新本格作家たちの意見も同様にアホだ。
人間を描けていないミステリがミステリの体をなしているはずがないし、ミステリとして完成度が高ければ、人間が描けていないはずはないからだ。なんか乱歩賞の審査委員、初手からミステリをバカにしていながら批評していないか。
本作がミステリとしてヨワイのは、やはり人物が描けていないからである。主人公が魅力的に見えるのは、主人公の心理が丹念に描かれているせいだが、読みこめば読みこむほど、その行動原理に一貫性がなく、行動原理もハッキリしない。
三陸の海岸で起こった、二組の若者の事故死。捜査に当たった高館刑事は、その白蟹村の住人が誰一人として自分に協力しようとしないことに不審を抱く。やがて、彼らの捜査妨害は、高館の命を奪おうとするほどにエスカレートする。
まず、白蟹村の人々がなぜそこまで「まつろわぬ」のか、その説得力ある描写が皆無なのが、致命的である。「閉鎖的な村ってそんなもんだよ」と言われりゃそれまでだが、読者がそんなことを常識視する社会に生きているわけではないことは、実作者としては考えておいて然るべきことではないのか。
主人公の刑事の行動が分らない、と書いたのは、真相に近づくたびに何者かから何度も殺されかけたというのに、ラストシーンでは「自分が命を狙われるとわかっている場所」にわざわざ出かけていっていることである。いくら仕事熱心だからと言って、捜査本部が解散された事件で、あそこまでストーカー的な調査を繰り返すというのはどういうことなのか。彼の行動はいちいち偏執狂的である。
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11月13日(火)
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