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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■クルーゾー再び/『パンプルムース氏のおすすめ料理』(マイケル・ボンド)ほか
テレビで『そんなに私が悪いのか』を見るが、今日は日本人の外国かぶれについての激論、ということだったが、争点が明確でないため、迫力に欠ける。
なんでみんな、こんなにアメリカ志向、ブランド志向が強いんだ、とデビ夫人が文句つけてるけど、アンタが言っても説得力が全然ないぞ。
また、アメリカで子供を産んで日本とアメリカの両方の国籍を取ろうとする親が増えている、という件については、パネラーの全員が大反対していた。……論争にならんやん。
外国映画の邦題はなんで現代のままが多いのか、という点について、おすぎが「映画会社に『日本語の専門家』がいなくなったのよ」と吐き捨てるように言ってたことは、痛烈な皮肉として配給会社の宣伝担当が真剣に考えなきゃならんことなんじゃないかな。
「『リバー・ランズ・スルー・イット』なんてワケわかんないじゃない!」……おすぎの怒りはよく解る。これと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は翻訳史上、最悪の邦題だと言えるだろう。田中小実昌か長部日出雄だったかが、「でも訳しようがないよなあ」みたいなことを昔、言ってたように思うが、別に原題に忠実にする必要はないのだ。
かつては『望郷(1937)』(“PEPE-LE-MOKO”) 『哀愁(1940)』 (“WATERLOO BRIDGE”)『慕情(1955)』(“LOVE IS A MANY-SPRENDORED THING”)といった、日本語二文字の邦題が多く見られた。簡にして要、これを単純すぎて印象に残らないと感じていては、逆に言語感覚が麻痺していると見なされても仕方あるまい。
そんなトンチンカンが、『荒野の決闘(1946)』(“MY DARLING CLEMENTINE”)を『荒野の決闘/いとしのクレメンタイン』なんて改題して再公開しちゃうのである。
「今の日本人には日本語はダサくて受け入れられない」というのはただの偏見である。『氷の微笑(1992)』(“BASIC INSTINCT”)のヒットは、日本語ならではのことだろう。
……日本人も『赤影』に『RED SHADOW』なんてタイトルつけてんじゃないよ。
マンガ、桂正和『プレゼント・フロム・レモン』(集英社文庫)。
ジャンプコミックスで昔、買い損なっていたもの。
父の遺志をついで歌手を目指すという、芸能界版『がんばれ元気』。コンセプト自体は悪くないのだ。連載時、19週で打ち切りになっちゃったのは、キャラクター描写が余りにステロタイプすぎたせいだろう。
主人公がジャンプには馬の糞並にありふれている猪突猛進型の単純バカで、そいつが人の心を打つ歌を歌える、ということに説得力がないのである。
マンガ、CLAMP『エンジェリックレイヤー』1・2巻(角川書店)。
アニメを途中からしか見ていなかったので、設定が知りたくて買ってみたが、本当に『プラレス三四郎』だった(笑)。
主役の女の子がエンジェリックレイヤーの魅力にとりつかれるのは解るとしても、いくら何でも強くなっていくのが早すぎやしないか。それがどうも「親の血筋」のせいらしいというのがちょっと安易だなあ。
マイケル・ボンド(木村博江訳)『パンプルムース氏のおすすめ料理』(創元推理文庫)。
『くまのパディントン』で知られる英国作家、マイケル・ボンドによる大人向けユーモア・ミステリー。……しかし、『くまのプーさん』のA.A.ミルンといい、「くま」の童話を書く作家はミステリーも書くという法則でもあるのだろうか。
一読してわかるのは、この作品、小説として書かれた『クルーゾー警部』だということだ。
元パリ警視庁警視で、今はグルメガイドブックの覆面調査員、パンプルムース氏が、有名ホテルレストランでなぜか謎の男たちから命を狙われ始める。身に覚えのない氏は右往左往、愛犬ポムフリットとともに犯人探しに乗り出すが、間一髪のところで命は助かるものの、色情狂のマダムに寝こみを襲われたり、義足のフリをしなければならなくなったり、「なんで私がこんな目に」状態。
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08月20日(月)
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