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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■掲示板変更&21世紀の夏/『日本はなぜ負ける戦争をしたのか。 朝まで生テレビ!』(田原総一朗)ほか
牛丼の吉野屋が並盛りの値段を、440円から一気に280円に値下げ。
これぞ21世紀。……ホントかよ。
ハンバーガーも随分前から平日半額で、考えてみたら生まれてこのかたインフレインフレでこれだけはっきりとした形でデフレになったってことなかったから、なんだか時代が昭和40年代に戻ったようで、ちょっとだけ懐かしい気がする。
やっぱりカレーとか牛丼とか、こういう庶民的な食べ物ってのは、レストランで食ったって200円台なのが普通だよなあ(っていうかカレーって、今でも私ゃ180円って意識があるのよ。マジ昭和40年じゃん)、という感覚なのは私の精神的基盤がどの時代にあったのかを自覚させてくれる。
もう年よりなんだよねえ。
でもまだ20代のしげが私と殆ど同感覚ってのはどういうわけなんだろうね。タコ焼き10個で300円でも「高い」って言ってるもんなあ。
……実は私より年上で、若作りしてるだけだとか……。それはキョワイ。
田原総一朗責任編集『日本はなぜ負ける戦争をしたのか。 朝まで生テレビ!』読む。21世紀……もういいよ。
テレビ朝日の人気トークショー(だと思うぞ)『朝まで生テレビ』の単行本化。なぜかアスキーからの出版。別に、出しちゃイカンなんて言いたいわけじゃないけど。賛否両論相半ばする『朝生』だけど、今までにも出版されたのってあったのかなあ。「今」を扱うものが多いから、数年で話題が古くなっちゃうし、今回は「あの戦争」についてのものだったから、出版できたってことかな。
でもタイトルからして、あまり客観的に戦争を捉えようって感じがしてないのはどうなんだろう。「なぜ負ける戦争をしたのか」って、負けるつもりで戦争をするやつもいないと思うんだが。
戦後60年になろうってのに未だに戦争についての総括ができないってのは、元々総括できるものではない、というのが当たり前な判断だと思うのである。一つの事実についても、そこに関わった人間は無数にいるわけで、しかもそれぞれの思惑が全部バラバラであったりする。
あれが「正義の戦争」であったか、「侵略戦争」であったかは、解釈の相違でしかないのだ。結局はそういう「解釈の相違」を生み出さざるをえない「戦争」そのものを否定しようというのが戦後教育の理念だったように思うが(言い替えれば、誰が加害者で誰が被害者かなんてことも問わない。アメリカの原爆投下も責めないし、中国侵略も悪とは見なさない。戦争そのものを「悪」とする)、それじゃ結局問題がウヤムヤになってるだけだって、みんな思い出したのだね。
でも、『私は貝になりたい』に既に表されてたように、戦争なんて異常な状況の中で、「誰が悪かったか」なんてことの責任をどこかに収斂させることはほぼ不可能なんである。
兵士が敵を殺した。上官の命令には逆らえなかったからだ。でもその上官だって、「戦争の大義」に殉じていた。
あるいは上官の命令に従わずに暴走した兵たちもいた。虐殺と略奪を繰り返した。それは仲間を殺された恨みでもあったし、単に大陸の人々に対しての蔑視でもあったろう。でもその「蔑視」は、中国が西洋の侵略を防ぎきれなかったことに対する怒りが原因にあった。
事実を遡っていけば、責任の所在など、ウヤムヤにならざるをえないのである。
それを、「日本はあの戦争責任を回避しようとしてる」と非難するのは、あまりにも物事を単純化しようとする危険な思想だ。
この対談の中で、大陸で実際に暴走しまくって戦争を拡大させた辻政信について誰も触れていないのは奇妙なんだが、言い替えれば、辻一人に責任を負わせられるものではないと誰もが知っているということだろう。
当たり前だが、戦争という状況がなければ暴走もない。そんなことを言い出せば、西洋の植民地拡大戦争がなければアジアに戦火が広がることだってなかったのだ。
出演者のみなさんには悪いが、責任を追求する作業が、自分の責任を誰かに負わせようとしている行為にしか見えないのは私の錯覚だろうか。
マンガ『GX THE BEST 2001』。
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08月01日(水)
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