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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■デイ・アフター/『漫画 巷説百物語』(京極夏彦・森野達弥)ほか
好きなマンガ家の絵を模写したことのある人なら判るだろうが、マネったってそう簡単にできるものではない。どうしても自分の線が入りこんでしまうし、相手の絵に近づけようとすればするほど、線は勢いを失っていく。
石ノ森章太郎や藤子・F・不二雄の跡を継いで描かれた『ホテル』や『ドラえもん』を見ればそれは一目瞭然である。
夏目房之介、とり・みき、唐沢なをきのパロディマンガも、水木しげるの模写に関して言えば、それは「よくできました」レベルのものでしかなかった。
水木氏の絵を自家薬籠中の物としている、と褒め称えても、まだコト足りない。実のところ水木氏の絵は紙芝居時代、貸し本時代、週刊誌時代と、刻々に変わり、アメコミの影響を受けたことすらあるのだが、それぞれの時代の特徴を全て捉え、融合させるというとてつもないことまで森野氏はやってのけているのである。
例えば狂言回しとなる、御行の又市、ドラマでは田辺誠一が演じた涼やかな青年だが、森野氏は彼の顔になんと「鬼太郎」を持ってくる。しかも、後年の絵柄ではない、貸し本時代初期の、出っ歯でつぶれた片目を向き出しにした、あの“元祖”鬼太郎の顔である。
……実は、貸し本時代の水木氏の線は、どちらかと言えば野太く、重たい印象を与える線であった。しかし、その又市=鬼太郎の顔は、最盛期の水木氏の流麗な線で描かれてあるのである。
つまり、又市の顔は、紛れもなく水木氏の絵でありながら、かつて水木氏によって描かれたことのない、オリジナルな絵なのである。こうなると、この絵をただの「模写」と片付けるわけにはいかなくなる。
よく見れば、山猫回しのおぎんも、事触れの治平も、考え物の百介も、全てのキャラクターが、かつて水木氏のマンガに出てきたように見えはするが、実はみな森野氏のオリジナルなのである。だから、このマンガには、水木マンガには必ず顔を出していたあの四角い顔にメガネで出っ歯の桜井昌一氏は登場しないのである。
更に森野氏は、「おりく」という自分の絵柄のキャラクターを、水木氏の線で描く、ということまでやってのけた。
これほどの天才を発揮した作家を、私は寡聞にして他に知らない。
怪奇とユーモアの融合、水木氏独特の間、その技術のすばらしさもさることながら、それをマンガとしての面白さにちゃんとつなげているとは、何という才能であろうか。
こんなに読み応えのある漫画に出会うのも珍しいことなので、今日は一日、布団の中で何度もこの本を読み返していたのであった。
……実は私は、原作の『巷説百物語』を「文庫になるまで待とう」とまだ読んでいないのである。そこで更にその元ネタとなった、『絵本百物語 桃山人夜話』を紐解いてみると、原作小説が、「白蔵主」と「小豆洗い」の挿話を実に見事に換骨奪胎して小説化していることがわかる。と言うか、作中に登場する「山岡百介」と「桃山人」との共通点に気がつけば、ネタ本と小説との関係についてニヤリとすることができるのだ。
ついでだからドラマでの配役をここに書いておきましょう。
御行の又市(田辺誠一)
山猫廻しのおぎん(遠山景織子)
考物の(山岡)百介(佐野史郎)
事触れの治平(谷 啓)
……これも楽しいドラマでした。さっさとDVDにしてくれ。最終話だけ録り損ねてるのだ。
夜になって、豆腐やサトイモや糸コンニャクでけんちん汁のようなものを作る。結構いい味付けになったなあと思って、女房に残しておいたのだが、女房は豆腐をちょっと食べただけで食べてくれなかった。……やはり肉が入ってないとダメなのかな。
04月08日(日)
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