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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■初めての花見/DVD『ブルース・ブラザースBBパック』
なんだか半端じゃなく仕事がメチャクチャ忙しくなってきたぞ。土曜日だってえのに、午後になっても帰れない。
4時近くになってようやくウチに帰りついた時には女房はフテ寝していた。
何度起こしても起きようとしない。
「待ちくたびれて寝ちゃったよう。なんで中途半端なときに戻ってくるのぉ?」
「どうせ昨日、明日花見だからって興奮して眠れなかったんだろう。さっさと起きろ!」
とたたき起こして、朝のうちに女房が作っておいた弁当を持って近所の公園に出掛ける。
桜は満開をちょっと過ぎた感じだが、さすがにこの近所の桜の名所だけあって、花見客が大挙している。公園の中には野球場があって、そこはその昔あのピンクレディーが『サウスポー』を歌ったということで有名なのだが(そんなん誰も知らんわ)、その周囲の芝生では早々とバーベキューを始めている。
「どこに座ろうか?」
「人のいないとこ」
……そんなところあるか。弁当の中身を見られるのがイヤだというので、仕方なく、桜の咲いていないところに座る。何のための花見だ(^_^;)。
女房の作った弁当は昨日買ったオカズを、ロッテリアのオマケのピカチュウ弁当箱に全部ぶちこみ、更に入りきれずにお握りをパックに詰めたという壮大なものである。……よっぽどこの花見を楽しみにしてたのだな。
軽く四、五人分はある弁当を二人で平らげる。こうなることを予測していて、朝から何も食べていなかったので、一応腹には入るが、自分でもよくここまで食えたな、と内心思う。
タコのソーセージは作らないと言っておきながらちゃんと作ってあった。照れくさいので気がつかないふりをして食べたが、「あ、食べたね」とちゃんと女房はチェックしてくる。
鳩が飛んできてフンをしそうになったので、食べ終わる早々、その場を離れたが、考えてみれば結婚して以来、女房と花見をしたのは始めてである。満足したかなあと女房に聞いてみると、「理想と違った」と言う。
なんだか二人きりでラブラブなムードに包まれたかったらしいが、花見ってもともとそんなもんではないと思うが。
天神のベスト電器で『ブルースブラザースBBパック』を購入した帰りにも公園に寄って、タコ焼きを買って食べる。8個入り500円は高いと女房は言うが、タコがでかいのでこんなものだろう。いい加減昭和40年代感覚で物価を測るのはやめて欲しいものである。
帰宅すると女房は睡魔に襲われぶっ倒れる。
その間に一人で『ブルース・ブラザース』『ブルース・ブラザース2000』をメイキングも含めて立て続けに見る。
『ブルース・ブラザース』の方はディレクターズカット版、つまりは劇場公開でカットされた部分を復活させた完全版、と謳っているが、劇場公開版のほうが監督自らのカットによるものなので、この表現はおかしい。どうもこの「ディレクターズ・カット」という言葉の意味を知らないで使っている映画関係者も多いみたいだ。
第一作にはジョン・ベルーシが「神の御心は謎だ」と呟くシーンがあるが、このセリフ、劇場公開の時にはカットされていたもの。しかし、続編でダン・エイクロイド、J・エヴァン・ボニファントが同じくこのセリフを口にする。二作をつなぐ重要なセリフなのだ。
ちょっとマジメなことを書かせてもらえれば、『ブルース・ブラザース』はもともとアメリカのミュージカルシーンの中では継子扱いされてきたブラック・ミュージックの復権を目ざしたものだ。メイキングの中でダン・エイクロイドが、「アメリカン・ミュージック」とやや穏当な表現をしているのに対し、監督のジョン・ランディスは無邪気なことにはっきりと「ブラック・ミュージック」と言い切っている。……でなきゃアレサ・フランクリンやジェームズ・ブラウンにスポット当てたりはしないよな。WASPの歪んだキリスト教文化の中で、神の恩寵が受けられるはずのない音楽に「神の光をあてた」という点で、この作品、思いきり挑戦的な作品になっているのだ。
だから1作目に比べて2作目が「ジョン・ベルーシがいないから劣る」という意見は近視眼的だと言わざるを得ない。「1作目のリメイク」という言い方も当たらない。二作は根底においてちゃんとつながっているのだ。
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04月07日(土)
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