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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■森田雄三withイッセー尾形の『イッセー尾形のつくり方2007in博多』ワークショップ2
 「あなたみたいに『考える人生』を送ってきちゃうとね、これはすごく不幸なの」という言葉がズンと心に重くのしかかる。私はどれだけつまんない人生を送ってきたんだろう、と落ち込みかけていると、「俺の言う通りにしちゃダメだよ。言ってることコロコロ変わるんだから」と言って森田先生は笑われるのである。どうせえっちゅうねん。
 これはまあ、マジメな人ならたいていは怒るセリフだ。実際、これまでにも「これはどうすればいいのか」と質問した参加者に対して「知らねえよ」とぶっきらぼうに答える森田先生にムッとした参加者も少なくはない。乳母日傘の普通のワークショップとは性質が全く違うのだ。
 だから参加者が減るかと言うと、何度も繰り返し参加して行く人がちゃんと何十人といるのだから、人間というものは「懲りない」存在であると実感することである。

 「どうして演劇をやるかなんてことを言葉にしたらさ、もうこれはくだらないことにしかならないんだから」
 とこれは前回も森田先生がおっしゃっていたこと。けれども前回は「ともかくここに来たということはなんか意味があると」と仰っていたのが、今度は「何の意味もないんだろうね」と韜晦されるようになった。
 それでも先生の次の言葉は私の心にしっかりと突き刺さった。

 「人から見て欠点だと思われてること、ダメな人間ほど魅力的なのね。いや、俺は本当にそう思っているの。そういう人を舞台に上げたいのね」

 後半は殆ど「声」を作る練習。鼻声であったりおすもうさんであったり。
 「変わった声でも、その声がその人にとっての自然だってことだからね」
 歩き方の練習もまた同じ理論。全員が歩かされるが、一人として同じ歩き方の人間はいない。
 つまり、全員の歩き方が「変」だということだ。何人かの歩き方を真似させられる。私の歩き方も。みんなが私の真似をしているのを見て驚いた。そこには何十人もの「父」がいた。男性も女性も、みんな「父」だった。

 父のDNAは確実に私に受け継がれていたのである。


 ほとんど座っているだけでも、昼の部夜の部とぶっ続けだと(研ぐ今日は時間を間違えて昼の部が6時近くまで長引いたので)思い切りくたびれた。
 帰宅すると殆どそのままぶっ倒れて爆睡。
 そのおかげで、この程度のものしか書けないが、ご容赦願いたい。

04月15日(日)
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