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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■肩がイタイ/映画『DOA』/『となり町戦争』/『魂萌え!』/マンガ『C.M.B.』第4巻(加藤元浩)
 ティナのオヤジが、ベッドで娘と一緒に寝ているクリスティーに向かって、「クリスティーって言うのか? うちの娘もクリスティーナって言うんだ」って言うシーン、「ティナ」が「クリスティーナ」の略だってことに気がつかずに似たような名前を付けちゃった日本人に対するからかいなんだろうな(笑)。


 映画『となり町戦争』。
(原作:三崎亜記/監督:渡辺謙作)

〔キャスト〕 北原修路:江口洋介/香西瑞希:原田知世/智希:瑛太/舞坂町 町長:菅田 俊/前田善朗:飯田孝男/本田:小林麻子/室園 絹:余 貴美子/田尻:岩松 了

〔ストーリー〕
> 舞坂町に暮らし始めて一年、北原修路は町の広報紙で隣の森見町と戦争が始まる事を知る。しかし、開戦初日を迎えても町の様子に変化はなく、戦争を実感することは何一つなかった。広報紙に掲載される戦死者数を除いては……。
> 数日後、対森見町戦争推進室の香西と名のる女性から電話があり、特別偵察業務辞令の交付式への出席を促される。その業務の延長で、やがて北原は敵地へ潜入するため香西と結婚する事になる……。

 ともかく江口洋介の大根ぶりが終始鼻について、見るに耐えなかった。
 町と町とがどういうわけだか戦争を始める、というシュールな設定、それでも平和な日本にいて戦争を実感することのできない日本人の現実感のなさ、自分の身近な環境も含めて、世界を、文化を、日常を、リアルに認識することがどうしてこんなに困難になってしまったのか、そこを問いかけているのが原作小説であり、それは映画にした場合でも動かすことのできないモチーフであるはずだ。
 そのためには周囲の人間の言動がいかに異常であろうとも、主人公の存在だけは実体感をもって描かなければならない。ところがそんな能力が江口洋介にはからきしないのである。妙な格好をつけたポーズ、わざとらしいセリフ回し、笑いを取ろうとするのが見え見えの間、芝居がかった感情の爆発、どれもこれも一人よがりで、主人公の言い知れぬ不安を少しも観客席まで伝えて来ない。
 パンフレットを読むと、「江口洋介主演は監督のオファーがある前に決まっていた(そのために原作のキャラクターを江口に合わせて変えざるをえなくなった)」と正直に告白しているが、だったらそんな演技力のない役者を使って映画なんて作れません、と断りゃよかったのに、とまで思ってしまう。

 江口洋介に引きずられるかのように、他のキャラクターたちもどんどん「下落」していく。田尻役の岩松了は滔々と戦争論を語りだすし、香西役の原田知世は安っぽい恋愛ドラマのヒロインと変わりがなくなってしまった。結果的に原作のラストとは全く逆の結末をつけざるを得なくなったために、最終的な印象として残るのは、陳腐なメロドラマということだけである。私ゃ、ラストが『吸血鬼ゴケミドロ』そのまんまだったので笑っちゃいましたよ。
 何が描きたかったのかまるで分からない、ただ「となり町との戦争がありました」という設定があるばかりで中身のない空虚な映画である。

 江口がダメダメでも、監督にもう少し映画を撮る才能があれば、まだ何とかなったんじゃないかと思う。しかし江口を使ったこと以外の演出の面でも、この監督は独りよがりな演出が多く、信用できない。
 オープニングで音楽をいきなりぶちきったりするのは観客を不安に陥れる演出のつもりかもしれないが、ただの編集ミスにしか感じられないという可能性をこの監督は分かっているのかどうか。「開戦×日目」というテロップが撥ねたり飛んだり回ったり、無言の動きに効果音が付いたり、そんなアニメみたいな演出はうるさいだけでしかない。世界の異常性は世界そのものに語らせなければ意味がない。余計な演出はかえって逆効果である。
 この監督に対しては、「お勉強だけがよくできて、馬鹿な子っているんだよね」と言ってあげたい。

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〔これより12日〕

 左肩の痛みがちょっと激しい。


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02月12日(月)
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