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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■新東京タワーに期待(何のだ)/映画『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』
> お待たせしました! いよいよキャッツが帰ってきます! たくさんのファンに愛されてきた「木更津キャッツアイ」は本作でついに完結。
> 余命半年と宣告されたぶっさんを中心とした、仲間5人。地元木更津で巻き起こしたドタバタ騒ぎの日々、そしてついに迎えるぶっさんの死。その3年後……。
> バラバラになったキャッツたちはぶっさんに、そして大人になりきれない自分自身に、最初で最後の“ばいばい”を言えるのか!? 怒涛の笑いとテンション。予測不可能な驚愕の展開はシリーズ最大級! お馴染みのキャスト大集結&驚きの新キャストも登場。
> ちょっぴり成長したキャッツの、可笑しく切ない青春映画。ラストにはシリーズ完結にふさわしい涙の結末が待ち受ける。
大ヒットスタートしたにもかかわらず、翌週には『デスノート』に客を取られ、3週で興行収入が6位にダウンしてしまったのは間が悪かったとしか言いようがない。30億円を狙えたはずの映画が20億円程度に落ち着きそう……と言ってもそれだけでも立派な成績ではあるのだが。
やっと見に行ったシネ・リーブル博多駅、金曜の1000円興行にもかかわらず、既に客は私らを含めて六人。ヒット映画の観客数じゃないね。
テレビシリーズはろくろく見てはいなかったし、前作の映画は見たはずなのに全く記憶がない。
大塚英志がオタクドラマとして最大級の賛辞を送ってはいたが、ちりばめられたネタは確かにオタクの琴線に触れるものではあっても、さほど濃いものとは思えず(真性のオタクなら、自分たちの怪盗団に「キャッツアイ」と名づけることの「薄さ」に気恥ずかしさを覚えるだろう)、このドラマの面白さの本質はそういうところにはないと思っていたからである。
実際、この完結編となると、これまでのオタク的要素は殆ど排除されていると言ってもいい。いや、あるにはあるのだが、前面に出ることを抑制されていると言った方がよいか。
例えば、今回の映画の下敷きとなっているのは、ケヴィン・コスナー主演の映画『フィールド・オブ・ドリームス』であり、作中で言及もされ、まんまそれじゃん、というシーンも随所に登場するのであるが、登場人物の殆どが、なぜかぶっさん(岡田准一)復活のキーワードとなるはずのこの映画を見ようともしないのである(唯一見ているモー子(酒井若菜)は内容を忘れてしまっている)。
また、今回のゲストヒロイン・杉本文子(栗山千明)は「杉本彩」似の名前のことでからかわれかけるが、「散々言われたからやめて」とピシャリと抑える。キャラクター的にはサディスティックでゴーゴー夕張を踏襲しているが、殺し屋ではなく「自衛官」という肩書きを与えているのは大いなるアイロニーだ。
このように、過去の映画などに関わるネタ自体はあちこちに散りばめられているのだが、それらは浅薄に表層をなぞるものではなく、物語の設定やキャラクター造形に深く関わっていながら、そのことを表だって強調し過ぎないように、常にバランスを取る細心の注意が払われているのだ。
もちろんそういう見方をすることができることが、脚本家が意図した「隠し味」なのか、それともただの偶然なのか、判然とはしない。
しかし、判然とさせてしまうとこれは絶対につまらなくなる。そのことに気付かないオタクが、どうしてもっとネタを増やさないのかと、トンチンカンな批判をすることになるのである。
宮藤官九郎自身はオタクであるかもしれないが、オタクの「キモさ」には間違いなく気付いている。他の戯曲や映画脚本を見てみても、「これ見よがし」なネタの投入には否定的だと判断していいだろう。
あからさまなネタに狂喜して、「あのネタの意味はね」と吹聴したがるオタクは、『天国と地獄』だの『砂の器』だののルール違反のネタバラシをして喜んでいる『踊る大捜査線』でも見ていればよいのだ(改めて注意しておくが、『天国と地獄』と『砂の器』を見ていない人は、絶対に『踊る』映画二作を見てはならない)。
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11月24日(金)
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