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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■騙されたわけじゃないでしょ/映画『探偵事務所5” 5ナンバーで呼ばれる探偵達の物語』
私ゃどっちかというとさ、日中戦争を侵略戦争ではなかったと言い張る糞タレな連中に加担したくはないから、明らかに中国の言い分におかしいところがあっても、あえて糾弾するような発言は控えてきてるんだが、ここまで馬鹿だと、やっぱりあいつらは歴史を事実に即して捉えようなんて意識は本当はなくて、反日のための反日、手段のために目的がある糞どもばかりなんだなと思わざるを得なくなる。
京都の芸者さんたちはこの明らかな差別的な措置に対しては激烈に抗議しても構わないと思うな。実際には「中国人の馬鹿相手に怒るのも恥ずかしおす」ってな感じでほっとくんだろうけど。そもそも『SAYURI』自体が芸者を馬鹿にしている映画だし、まあ、あんなもんのために要らざるコブシを振り上げたってしょうがないやな。
仕事帰りにシネ・リーブル博多駅でしげと待ち合わせ。
一緒に映画を見るつもりだったのだが、財布を家に忘れてきたことを思い出した。時計を見ると、まだ上映まで40分ある。しげにメールを入れると、「もう家出たよ」。家から博多駅までは車で15分くらいのものだ。何もそんなに早く出なくても、と思ったが、それがせっかちというより神経過敏なしげの習性なのだから仕方がない。
すぐに取りに帰ってもらうが、じきに今度はしげから直接電話があった。
「財布見つからんよ!」
「パソコンの机の前にないか?」
「ない」
「ないはずはないよ。下に落ちてるか、隣の棚のあたりにないか?」
「ない!」
これもしげのいつもの習性なのだが、目の前にあるものでも「もしかしたら見つからないのではないか」と思い込むと、それが本当に見えなくなるのである。だから「ない」なんてことはありえないと念を押して言った。
「あるよ、絶対。よく探せ」
「でも、ないもん」
「あるって!」
「ない、ない……、あ、あった!」
どうやら見えなかったものが見えるようになったらしい。
「どこにあった?」
「隣の棚んとこ」
やっぱり目の前にあったものを見つけられなかったのである。これも一種の病気だと思うのだが、治療法はないものなのかね。関口君は別に診療を受けていたような形跡はなかったが。
映画は、『探偵事務所5” 5ナンバーで呼ばれる探偵達の物語』。
シリーズ化を目論んだ第一作で、と言ってもこれまでに林海象監督が作ってきた『夢見るように眠りたい』や『濱マイク』シリーズともリンクしているという、ちょっと変わったムードの探偵物語である。更には主役の探偵591・小林芳雄(成宮寛貴)は、あの『少年探偵団』の小林少年の孫なのだ!
創立60年の歴史を持つ探偵事務所5”。そこに所属する探偵たちはすべて5で始まる3ケタのコードネームで呼ばれる。事件の依頼があれば、その事件に最もふさわしい探偵が選ばれ、調査に乗り出す。しかし新米探偵591には実績がないためにひたすら待機状態が続いている。ひょんなことから会長・500・宍戸錠(宍戸錠)の娘、宍戸瞳(貫地谷しほり)と知り合い、彼女の親友が失踪したことを知った彼は、その義侠心から事件の解明に乗り出すことを決意する。
事件はあるが本格ミステリーというわけではなく、謎はあるが論理的に解決されるのではなく、ハードボイルドほどに探偵たちはストイックでもない。まだ半村良の『下町探偵局』に近い雰囲気か。けれども登場する探偵たちは、みな黒のソフトに黒のスーツ、黒のネクタイという、MIBみたいなスタイルを制服にしている。そんなんじゃ一発で探偵だってバレるじゃん、なんて突っ込みはこの映画にはしちゃいけない。いみじくも探偵オフィスの壁に『多羅尾伴内』のポスターが貼られていたことからも分かる通り、これは「スタイリッシュだけれども人情厚き探偵たちの、愛と冒険の物語」である。
探偵522(宮迫博之)が言う。
「探偵にとって一番必要なことは何だか分かるか? 依頼者を家族と思えるかどうかだ」
本当の探偵が、こんな意識で仕事をしているのかどうかは知らない。けれども、そういう気持ちで調査に当たってほしい。これはそういう「夢の探偵」たちを望む人たちのために紡ぎ上げられたファンタジーなのである。
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01月23日(月)
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