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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■楽しかったり腹立ったり/映画『マザー・テレサ』/『まなびや三人吉三』3巻(山田南平)
 もっともこれはどの伝記映画にでもつきまとう問題であるので、追求するのは多少酷かとは思う。けれども、この弊を排するために、従来の伝記映画ではその人物のごく一時期のみを切り取る形でドラマとしての「重み」を増すなど、演出上の工夫を施すものである。残念ながらこの映画にはそういう工夫に乏しい点がまま見受けられる。
 例えば、「平和の村」建設資金が足りなくて、マザー・テレサはある病院長から献金を受けるのだが、こいつがまたいかにも胡散臭い悪人面で、こんなやつに騙されてしまうとは、いくら善人だと言っても、マサー・テレサもその周囲の人々も、みんなただの馬鹿ではないのかという気がしてくるのである。人物造形が『Ns‘あおい』レベルじゃ困るなあ。もちろん、本物の献金者はもっと「したたかな」人物だったのだろう。キャラクターを際立たせることは実在の人物を扱う上では細心の注意を必要とするのだ。
 それでもこの映画に退屈を覚えないのは、やはりオリビア・ハッセーの入魂の演技があったればこそである。クリスチャンという立場を越えて、ヒンズー教徒もイスラム教徒も救おうとするその姿勢、一歩間違えばこれも嘘臭くなりかねない行為を、ハッセーは極めて抑制された演技で表現する。彼女はほとんど笑わない。トラブルが次から次へと彼女を見舞うためでもあるが、病院の患者たちに接する場合でも、彼女の表情は極めて固い。では彼女から優しさとか慈愛というものを感じないかと言えば、そんなことはなく、それは何よりその瞳にこそ湛えられているのだ。
 ホスピスを設立する許可を得るために、マザー・テレサがバチカンから来た神父に向かって「神が私にお命じになったのです。神のペンとなれと」と伝える場面がある。神は本当にマザー・テレサに語りかけたのか、それともこれも方便と割り切ってあえて嘘を付いたのか、真実は分からない。しかし映画は神の降臨を具体的に描くことはしないし、何よりハッセーの演技がどちらの解釈も「拒絶」している。彼女が演じてみせたのは、あくまでマザー・テレサの「強い意志」なのだ。
 だから彼女からは「純粋まっすぐくん」や「カルト宗教家」の持つどこか「逝っちゃってる」歪んだ瞳の輝きもないし、偽善的な態度も見られない。マザー・テレサを演じる上で、これは最大級に重要なことではないだろうか。


 帰りに博多駅で駅弁を買う。昨日、駅弁を食べ損なったので、リベンジである。
 目立つところに何軒もあるのに、どうしてしげは弁当屋を見つけられなかったのだろうと訝しく思ったが、駅弁屋の看板を見て、ああそうか、と得心した。博多駅の駅弁屋、どこも「驛辨當」と旧字体で書いてあるのだ。これじゃ探すのに苦労するのも分からないではない。
 この漢字の字体改定はやはり戦後GHQの指導の下になされているのだから、アメリカの作った憲法はイカンとか、今のゆとり教育はおかしいとかほざいている連中は、新字体を排して旧字体に戻せ、という運動も当然しなければ筋は通らないのだが、そんな話は全然聞かないよねえ。丸谷才一を見習ったらどうだ。
 弁当は穴子めしと恵比寿弁当。しげに事前に連絡を入れて「弁当は要るか?」と聞いたら、「要る」と即答。やっぱり昼飯の用意を何もしていなかったのである。
 そのあと、「GAMERS」と「紀伊国屋」でマンガの新刊を物色して帰る。


 夕方、しげが買い物に行くと言うので、便乗してヤマダ電器に寄ってもらう。
 DVD『仮面ライダー響鬼』の6巻と劇場版、及びDVD-RWを40本購入。ついでに『機動戦士ZガンダムU 恋人たち』を予約注文。
 博多駅の紀伊国屋は、仕事帰りに寄れるので便利はいいのだが、如何せん割引率が10%、ヤマダは20%である。ネット注文も、サイトによっては25%引きなんてのもあるから、だんだん紀伊国屋でDVDを買う率が低くなってきた。天神ベストのLIMBにはもう殆ど行くことがない。同じ博多駅近くでもヨドバシという強敵がいるのだから、紀伊国屋、いったん廃止したポイントカードを復活させるくらいの措置を取らないとサービス競争に負けちゃうと思う。顔馴染みになってるから、少し頑張ってもらいたいんだが。


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01月21日(土)
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