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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■別に皇室ビイキじゃないんだけどさ/ドラマ『相棒』第3話「黒衣の花嫁」
男性天皇、男系天皇に拘るならば、この「側室制」も復活させなければならなくなるのだが、天皇が日本人の「象徴」としての意味を持つ以上は、そのような「特別扱い」は許されるはずもない。本当は「国民に隠れて子供作らせちゃえば」とか「男系相続派」の人たちは思ってんだろうけれど、天皇の人格よりも伝統(それも自分たちの妄想の産物でしかない)の方が大事と考えてる既知外どもには、いくら「あんたら狂ってるよ」と言っても通じないんだろうなあ。
男系にこだわる人は「養子論」まで持ち出してきているが、つまり「血が途絶えても男系相続が望ましい」と言っているわけである。「男系相続にこだわる」ってそういう意味なんだよ? だったら「誰が天皇になったって構わない」と言ってるのと同じじゃないか。ホモオタさんにも可能性があるというのは困ったことに「男系相続」に拘る場合、何万分の一かの可能性としてはあったりするのだ。ああ、恐ろしい。
実際、そこに拘って、天皇家はこれまでに何度も「断絶」しているのである。最も有名なのは26代継体天皇で、いったん途絶えた皇統を、「15代応神天皇の五世の孫」という触れ込みで、どこぞから連れて来ているのだが、そんなのは何の根拠もないのである。およそ150年前の天皇の子孫って、そんなの、戸籍もない時代にどうやって調べたよ(笑)。
そのように、天皇家が「万世一系」なんてのが大ウソだってのは、マトモな歴史学者なら先刻ご承知だから、逆に言えば、この言葉を使っているだけで、そいつが歴史の捏造に気付いてないか、あるいは捏造と知っててあえて加担してる詐欺師かのどっちかだってのはすぐに分かる仕組みになっているのである。でも、若い人たちの中にはそんな基礎知識もない馬鹿が多くなってるから、すぐに騙されてしまうのである。
雅子さまに男子誕生を望めない可能性が高まっている現在、女性天皇、女系天皇を容認せざるを得ないのは、血統の存続の観点から言って不可避な選択である。「血なんて途絶えたっていいじゃん」という自由が許されない家に嫁いだ上は、「男の子」を要求されることは仕方がないことではあったろうが、かと言って誰ぞの思惑通りに男の子が生まれるはずもない。こればっかりは誰にもどうにもならない運命である。雅子さまにこれ以上、実体のない「伝統」とやらのプレッシャーを与えることが国民としてのあるべき姿かどうか、「男系相続派」の馬鹿どもは、ちったあ考えてもらいたいものだよ。あんたらに「人の心」ってものはあるのかい?
一つ、注を付け加えておかねばならないことだが、「男系相続派」がイデオロギーに凝り固まっているのと同様に、逆に「女性天皇派」にもイデオロギーの観点からそれを主張する連中が巷に溢れている。つまり、戦後民主主義に毒されて、「男女平等」の観点から女性天皇を、と声高に叫ぶやからがやたらいるのだ。阿呆だなあと思うのは、「平等」の観点で言うなら、「長子相続」だって、平等じゃないってことになることに気が付いてない点である。継承資格のある女性全員にジャンケンでもさせなきゃ「平等」にはならんと思うが。結局、「平等思想」に基づいたそれも、「天皇」の概念をサヨク的思想に引き寄せた我田引水、牽強付会の説でしかないということになる。
私はそういう観点で「女性天皇」を推奨しているわけではない。これはそんなイデオロギーに基づいてなされてはならないものだ。天皇を日本人の、あるいは国体の「象徴」として考えるのなら、その「存続の義務」に関してだけは皇族のみなさん個々人の意志がどうあろうと、男性女性を問わず優先されねばならない、というだけのことである。
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10月26日(水)
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