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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■温泉だ♪温泉だ♪/『ウルトラマンマックス』第16話/『野ブタ。をプロデュース』produce1
役者さんたちのボケ演技はもう抱腹絶倒ものである。完全に記憶が消失してしまうのではなくて、中途半端に消えるので「何かをしようとしてそれが喉まで出かかってるんだけれども思い出せないもどかしさ」が笑いを誘う。
たとえば、カイトがマックスパークをどこに装着しようか迷って(それでマックスに変身しなきゃならないということは覚えているのである)、頭に付けたり、胸に付けたり、足の裏にまでくっつけようとしたりするのだ。いくらなんでもそりゃありえねーって(笑)。
ようやく「偶然」変身できたあとも、どうやってマクシウムカノンを発すればいいか分からず、変なポーズばかり取りまくる。「命!」をやってみせたのには、「お前は『命』のポーズだけは忘れんのか!」と、画面に向かって突っ込みたくなった(笑)。
しかもこの「中途半端さ」が実は後半の伏線になっていたのだから脚本の上手さをこれは賞賛しなければならないだろう。
旧ウルトラファンには、トミオカ長官が「カレーライスを食ってる最中に呼び出される」ギャグに思わずニヤリとすると思う。
これも若い人には説明が必要になるのだが、『ウルトラマン』第34話「空の贈り物」(スカイドン登場)で、ハヤタがやっぱりカレー食ってる最中に出動して、ベータカプセルと間違えてスプーンを挙げてしまうというギャグがあるのだ。
今回、黒部進さんはスプーンと間違えてカレー皿の方を挙げてしまう(笑)。当時、こういう「ギャグ編」を撮ったことについて、監督を担当した実相寺昭雄氏は、脚本家の金城哲夫氏から文句を言われたそうだが、『ウルトラQ』のころからたまにある実相寺監督や中川晴之助監督のこういうギャグ編を、視聴者の子供たちは楽しみにしていたのである。
つまり今回は「こんなウルトラもあっていいじゃない」っていう三池監督のメッセージでもあったわけだね。シリーズものってのは回を重ねるたびにどうしても動脈硬化を起こしてしまうものだから、こういうぶっ飛んだ異色エピソードがあった方がよいのである。
みんながイカレていく中、何とかマトモだったのはミズキで、完全にボケと化したヒジカタ隊長に突っ込みを入れるのだが、だからと言って役に立つわけではない。
唯一便りになるのが、アンドロイドのエリー。ミケたちの波動は、当然キカイであるエリーには効果がない。エリーは何とか事態を好転させようと孤軍奮闘を強いられるのだが、逆にそのおかげで今話は、彼女が最も魅力的に描かれたエピソードになった。
感情のないキャラクターに少しずつ感情が芽生えていく様子を描くのは定番であるが、これまでのエピソードではそれを効果的に描いていたとは言えなかった。
それが今回は、表情こそは鉄面皮の無表情なままだが、隊員たちのテイタラクに「もう戻ってこないでください」と諦観し、「ええかげんにせいや」と激怒し(誰が関西弁をインプットしたんやねん。「こんなこともあろうかと」、自分でデータ収集してたんかな)、マックスに「守りたい仲間のことだけを思い出して」と、一番大切な「心」を訴える。
これだけの「感情」を積み重ねているから、最後の「涙」と、「笑顔」が生きるのだ(この笑顔をさりげなくしか見せないのもイイよねえ)。何だか今回で一気に満島ひかりのファンになっちゃったぞ(笑)。
もっともオタクにはM男君も多いから、「クール・ビューティーにヒドいこと言われたい」という歪んだファンを狙った演出なのかもしれない(笑)。いや、よしながふみの『フラワー・オブ・ハウス』にもそんなキャラが出てきてたもので。
「中途半端な記憶喪失」という設定であるからこそ、マックスが「仲間を守る心」を思い出しても決して不自然ではない。ご都合主義にだって、その「都合」を納得させられるだけの基本設定は必要なのだ。
マックスが「新必殺技」を編み出したのも、ほかの技を思い出せずにやってのけた、やけのやんぱちの「火事場の馬鹿力」のようなものだし、一回こっきりで忘れちゃうというのも平仄が合っている。何よりその清々しさ、潔さがヒーローらしくていい。
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10月15日(土)
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