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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■だから女にモテねえんだ/ドラマ『慶次郎縁側日記2』第1回「雪の夜のあと」
 前回の公演を見た時に、「不具者、奇形、片輪者ばかりの娼館」という、度胸のある舞台設定が面白かったので、どこから発想したのか聞いてみると、やはりトッド・ブラウニングの映画『フリークス(怪物団)』を原作者の野田和佳菜さんがごらんになっていたということである。映画やテレビではとてもできない題材なので、うまく仕上がればこれはなかなか面白い舞台になるだろう。しげの分と二枚チケットを購入する。
 11月13日(日)、若松市民会館で、北九州演劇祭に関連しての公演である。ご興味のある方はぜひどうぞ。

 楽しい会話のあとは、「カトウ君は何やってんだろうねえ」という暗い会話(笑)。「芝居やりたい気持ちはあるみたいなんだけどねえ、『自分には芝居をやる資格はない』とか言い出すし」「芝居って資格でやるもんかね」「そういうことを言い出すやつは芝居に向いてないよ」とか散々である。
 結局、カトウ君は「自分で自分の首を締めているだけ」という寂しい結論を出して冨田さんとお別れ。


 NHK金曜時代劇『慶次郎縁側日記2』第1回「雪の夜のあと」。
 北原亞以子原作の時代小説シリーズのドラマ化第2弾。
 前シリーズはチェックし損なってたんだけれど、この第2シリーズ第1話を見てみると、なかなか骨太で見応えのある佳作だったので、見損なってたのは残念だった。高橋英樹は、時代劇役者としては、私の中では『桃太郎侍』よりも『ぶらり新兵衛道場破り』や『おらんだ左近事件帳』の人だったんだけれども、森口慶次郎のような、これだけ深みのあるキャラクターを演じきれる人だとは思っていなかった。文句なしに高橋英樹の代表作と言っていいと思う。
 前シリーズで、登場人物たちの背景は既に描かれているわけだけれども、「おさらい」的な語りや回想シーンが挿入されているので、この第2シリーズから見始めてもさほど支障はない作りになっている。おかげで多少説明的になっている欠点はあるのだけれど、今回初めて見た私のような視聴者にはありがたい心配りである。

 元南町奉行所同心の森口慶次郎(高橋英樹)は、家督を養子の晃之助(比留間由哲)に譲って、江戸・根岸の里で商家の寮番(別荘の管理人)を務める隠居暮らし。晃之助の妻の皐月(安達祐実)は出産を間近に控えて、森口家は至極平穏無事に見えていた。
 ところがそんな慶次郎の前に、かつて彼の娘・八千代(岡本綾)を乱暴し、自害に追いやった男・常蔵(若松武史)が現れる。彼と娘のおぶん(邑野みあ)は、手先の辰吉(遠藤賢一)の手によって、慶次郎から身を匿われていたのだ。しかし、常蔵の女出入りは変わらず、大工見習いの母親(工藤時子)と大店の娘(稲田みづ紀)が常蔵を奪い合っていた。慶次郎の心の中に、常蔵への憎しみが再び沸々と湧きあがってくる……。 

 「仏の慶次郎」も、相手が自分の娘を死に追いやった張本人ともなれば、自らの心をどうにも律しきれない。そんな慶次郎の心を弄ぶように、常蔵は何一つ反省の色を見せずに女を犠牲にして行く。しかしそんな常蔵を「悪党」として断罪するのならこれまでの「勧善懲悪」ものと何の変わりもない。
 常蔵は自らの過去に縛られたまま、そこから抜け切れない業を背負った存在として描かれる。常蔵は慶次郎から憎まれることでしか自分の罪を責められなくなってしまっている。だから慶次郎に向かってせせら笑い、「殺してやると言ってみろ」と挑発する。そして慶次郎が「殺してやる」と言えば「生きてやる」と言い返すのだ。常蔵はだらしない男だ。人の情けを食いものにするダメな男だ。人間のクズだと言ってもいい。けれど、そのようにしか生きられない不器用な男でもある。そしてそんな彼にもまた、人間としての矜持がある。だからこそ、慶次郎に憎まれようとするのである。
 慶次郎もまた、そんな常蔵を憎もうとして憎みきれない。そして自分もまた「仏の慶次郎」などと呼ばれるほどの人間ではないことを自覚し、当惑する。常蔵と慶次郎との間に、人間的な差異などない事実を認識してしまうがゆえに、困惑するのだ。

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10月07日(金)
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