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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■何かを得た後で/『怪盗紳士ルパン』(モーリス・ルブラン)
「家事するから仕事辞めてもいい?」と、これまで何度騙されたか分からんセリフをまた信じてやって、それでまた家事しなくなったから仕方なく外食の日々を送っているのである。しかもその食事を作っていた時期だって、自分は自分の作ったオカズを食わずに、コンビニ弁当ばかり食っていた。そのせいでしげはこの数ヶ月で激太りしてしまっている。運動したって追っつきゃしないのだ。
 こうなるとまた給料を渡すのを止めなきゃならなくなるが、そこまで追いつめないと仕事も家事もしないと言うのもこれまでの繰り返しである。せっかくの誕生祝いの席で、しげの「未成長」をまた確認しなきゃ何ないというのは、何とも寂しいことである。

 「ヤマダ電器」でナマDVDをまとめ買い。
もう一つ、映画館で見損なっていたDVD『トニー滝谷』も出たばかりだったので購入。特別版で、メイキングと感得、キャストのインタビュー付きの二枚組。
 原作者の村上春樹はこの奇妙な主人公の名前をまず間違いなく「トニー谷」から取ったと思しいが、そのあたりについてきちんと論考した(あるいは村上春樹にインタビューした)文章って、あるんだろうか。文芸批評が死んじゃってるのも、“庶民なら誰でも気付く”そういう着目点をあえて無視するスノビズムにあったと思うんだけどね。


 帰宅して『電車男』の最終回を見る。
 今にして思えば、映画版や舞台版が「電車男」役にイケメン俳優を配役したのは正解だったかな、と思う。別にいちいち「元ネタ」とやらを詮索しないまでも、これは「美女と野獣」バターンのドラマの現代化なのであり、だから「君はあの美女に比べると醜いけれども本当はいいヤツなんだよ」と言ってあげられる要素が「野獣」側にないと、そもそも成立しない物語なのである。で、主役がイケメンであれば、たとえアキバ系のファッションに身を包んでいようが、女の子たちは「素材はいいんだから、勇気とファッションだけ何とかすりゃいいじゃん」と感情移入しやすいというわけなのだね。
 だから、テレビ版が伊藤淳史を主役に持ってきたというのは、これは女の子ファンよりも男の子ファンの方をターゲットにすることの方を選んだんだろうなと思っていたのだが(伊東美咲をエルメスにってのも、今なら中谷美紀よりもオタクな男どもには「萌え度」が高いだろうという製作の判断があったからじゃないかな)、まあまあ女の子ファンも付いてはいたようである。でもそうなると「伊藤淳史でもいいのなら」と勘違いするキモオタ男が増えそうで、幻想に惑わされた鬱陶しい連中がまたまた蔓延しそうな気もして何かいやだ。
 主人公が主人公らしくなくて、ネットの住人たちの方が実は物語を牽引・誘導していく主役である、という構図は面白くはあったが、つまりはそういう「手助け」がなければ主人公が一人では行動できないおよそドラマの主人公としては不向きなタイプであったことは事実なのである。だから通常の「感動のシステム」を考えた場合、たいした努力もしていない、やたらウジウジする腑抜けたやつを中心に据えたドラマに感動できるってのは通常ならありえないわけで、この程度の「努力のハードルの低い物語」に涙できる連中がいるってことは、それだけみんなが「楽に生きて、でも優しくはしてほしい」なんて甘え腐った考え方を基本に置いてるからじゅないかという気がしてならないのである。
 つか、私の身の回りでは感動してるやつについぞお目にかかってはいないのだが、どこかにいるのか? 『電車男』に涙したなん情けないやつ。

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09月22日(木)
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