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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■自分で書いてても鬱陶しいわ/『宗像教授異考録』第一集(星野之宣)
 余談になるが、私はホモオタさんの件で、法務局を訪ねたことがある。そのとき、インターネットの差別書き込みなどの問題について、様々なレクチャーを受けた。そのときに担当官の方から念を押されたことは、たとえどんなに差別的と見られるような書き込みがあっても、簡単に削除などができるものではない、ということである。法務局が削除要請をするものには厳密な基準があり、検討に検討を重ねた上で、ようやく管理人に対して要請が行われる。それとても、「強制力」はないのだ。名誉毀損によって訴えられる例は、ごく少数なのである。これがどういうことなのかはご理解いただけるだろう、何よりも最大限に保障されなければならないのは、「表現の自由」なのである。私もこれまで、しょっちゅうこの日記のリンクをあっちこっちに貼られて晒されたりしているが、たとえそこでどんなに批判的に扱われても、これも「引用」の範囲内で許されていることであるから、腹を立てたことなどはない。どんなシロウトの日記だろうと、表に晒した以上は、批判の対象になることは避けられない。それがいやなら、とっととネットから去るしかなかろう。法的にも何の問題もないし、削除も含めて書き込みをどう扱うかの裁量もカトウ君に任せている。それでカトウ君に何の正義があるというのか。リンク貼りに何か異常なものを感じているのは、カトウ君の常識の方が異常なのである。自分のちっぽけな正義感が、もっと大きな、「人間の表現の自由」を犯していることに気付いていない。私に非があるとすれば、せいぜい「下品なことをした」程度であるが、彼がここを先途と「これだけは自分が間違っていない」と主張するのは、他に自分がすがれる論理を持たないからであるし、その行為は私以上に下品である。根拠のないプライドだけは高いので、潔く振る舞えず、やたら噛みついてくるのだが、そんなことをすればするほどカトウ君の異常さは目立つことになる。もし私のこの論理がおかしいというのなら、「法的に何の問題もない」という点を覆してみせなさい。と言うか、してみせろ。それが、「正義」を振りかざしたカトウ君の義務だ。「法の話なんかしてません」とか、また逃げを打たずに。
 私とカトウ君のバトルが、個人攻撃に移ってしまうのは、彼が一見、作品のことについて語っているように見えて、その実、「この作品を好きな自分を理解してほしい」オーラを発することになっているからである。彼が「主観」「主観」と口にするのはこのためで、結局、彼には自分の思い込みしかない。そりゃ、「人の話を聞けよ」と言いたくもなる。
 彼は「ネット上での考えには相違があるので、リンクを外したい」というが、この論理も意味不明である。私の掲示板に来られる方で、ネット上のルールについて、私と意見を異にする人はいくらでもいるが、そのことで掲示板に書き込むことを禁止したり、相互リンクを外したりする理由にはならない。そんなことをすれば、日本人の大半を閉め出さねばならなくなる。先ほども述べた通り、法に抵触しない以上、「誰もがレスを付けることのできる」ブログや掲示板への意見は、最大限尊重されなければならないからだ。それこそ、『響鬼』のブログの管理人が、批判書き込みも一切削除しないように。ヒステリーを起こしている管理人の運営するサイトでは、たいした批判文でもない書き込みでも、管理人の逆鱗に触れただけで削除の嵐になってしまう。カトウ君はその「危険領域」に片足を突っ込んでしまっているのだ。
つかねー、「絶対に俺は間違ってない」なんてモノイイ、マトモな人間は絶対に言わないよ。これもどうせカトウ君は「そんなつもりでは言ってない」とか卑怯なことを言い出すかもしれないから、だったら「この件だけは自分にも何がしかの根拠はあると思っています」と言い直せ、と言っておこう(そういうつもりで言っているのだと好意的に解釈してである)。それでもって、もっと明確な、主観ではない根拠を示せればいいのだけれど、結局彼は何も示さないもんな。
 この手の初歩的な言葉遣いもままならなくて、言ってることが前と後とで矛盾しまくっているから、言葉をそのままに受け取っていいのか、裏に何か別の意味があるのか、判別がつかず、どこにどうコメントを付ければいいのか、分からないのである。

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09月09日(金)
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