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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■これが多分最後の高峰秀子インタビュー/『COMIC新現実』vol.6(大塚英志プロデュース)
 自分で自分を落ち着かせる力がないのだから、これは食わせてやるしか仕方がないのだ。閉店まであと一時間しかなかったので、すっ飛んで近所のマクドナルドへ。
 しげはお目当ての目玉焼き入りの何とかいうバーガーをチーズ抜きにしてもらって食べた。これで満足かと思ったら、まだ幾分心が満たされていない様子である。私が無口で相手をしてやらないでいるせいだろうが、こっちも丈夫なカラダじゃないんだから、平日からそうそう体力は使ってられないのである。夜中に一緒に外に出かけるだけで付き合いとしては充分なのだと思ってもらいたい。思ってもらわなければ困る。
  

 大塚英志プロデュース『COMIC新現実』vol.6(角川書店)。
 吾妻ひでおの現在を追いかけるのが半分以上の目的で買い続けてたのが、予定通り全六感で完結。最後の特集はあすなひろしだ。初期作品に加え、なんと未発表の遺稿『山頭火』の絵コンテを紹介している。一部ペンすら入っているその絵は、流麗さで知られたあすな氏のまさに円熟した美しさをた漂わせており、マンガ界は本当に屈指の逸材をなくしてしまったのだと痛感してしまう。
 『新現実』は、忘れ去られようとしているマンガ家、忘れ去られかけているマンガの歴史を積極的に取り上げた。口では「マンガファン」を名乗りながら、かがみ♫あきらやあすなひろしの名も絵も知らぬような馬鹿が(若いやつらならばともかく、四十代でもそうだ!)蔓延している現在、『新現実』はよく頑張ったと思う。また、すぐに歴史の彼方に消えてしまうだろうが。
 吾妻ひでおの『うつうつひでお日記』は次回以降、『コンプエース』に移籍するそうである。多分、そっちまでは買わないだろうな。相変わらずSFやマンガの批評は寸鉄人を刺す鋭さで舌を巻く。失踪したり自殺未遂したりしないでマンガ描いてほしい。切に。
 『デスノート』について吾妻さんが、「心理劇として面白い。小畑の絵はうまいが一ノ関圭のような自在さはない」と語っている。かなりマンガを読みこんでいる人でないと、このセリフはとても理解できないだろう。一見、小畑健を貶しているように見えるが、少なくとも「天才・一ノ関圭と比較しうるマンガ家」と評価しているのである。小畑さんは吾妻さんのこの批評を真剣に受け止めて、マンガ家として精進すべきだ。しなければならない。これはそれくらい貴重な言葉なのである。


 『キネマ旬報』9月上旬号。
 表紙の「高峰秀子独占インタビュー」の文字に驚いた。
 マジで心臓がバクバク音を立てて、気が遠くなるかと思った。映画界から完全に引退したあの高峰秀子である。成瀬巳喜男、木下恵介など日本映画を代表する名匠と組んで数々の名作を残してきたにもかかわらず、両監督亡きあと、あっさりと引退してしまった、あの高峰秀子である。
 日本映画は高峰秀子に見切りを付けられてしまった。今は全ての取材を一切断って隠棲しているはずの彼女がどうして取材に応じたのか。
 「仕掛人」は、『高峰秀子の捨てられない荷物』の著者で、高峰秀子を唯一「かあちゃん」と呼ぶことのできる「家族」の斎藤明美さんであった。彼女もまた、初めは世間の取材構成から高峰秀子を守る立場にいた。しかし、成瀬巳喜男の生誕百年に際して、あまりにも高峰秀子の存在が軽んじられていることに憤った。そして嫌がる高峰秀子をくどきかつ恫喝して、恐らくはこれが本当に最後になるだろう、インタビューの約束を取り付けたのである。
 高峰秀子の口調は簡潔で一切の無駄がない。短い言葉は時として冷徹にすら聞こえ、誤解を生むこともあろう。しかしそんな誤解を少しも彼女は恐れていないのだ。どうでもいいと思っているのだ。
 「ああ、成瀬さん死んだか。じゃ、私もこれで女優おしまい」
 聞きようによっては、成瀬監督が亡くなったおかげで嫌だった女優をやめられると喜んでいるようにすら取れる言葉である。もちろんそんなことはなくて、成瀬監督がいたからこそ、高峰秀子は女優を続けてきたのだ。

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08月29日(月)
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